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【洋書多読】Coraline(181冊目)

洋書多読180冊目『Coraline』を読了しました。

いろいろと感想を書きたいところなんですが…生憎というか、ほとんど内容が頭に入ってこなかったもので、感想らしい感想、読後感らしい読後感というものがありません。

僕の英語力の問題もあると思いますが、いかんせん仕事が忙しすぎて、英語の洋書がちゃんと読解できるような状態ではなかったからです。

それでも感想のようなものを書いてみる

それでもあえて読後感のようなものを書くとすると、気持ち悪い感じの小説だったなぁ、ということです。

なんだか目がボタンのニセお母さんと主人公Coralineの戦いを描いた小説だったようですが、とにかく薄気味悪い感じで、仕事で疲れた頭で読むような代物じゃありませんでした。

映画化もされているようだし、Netflixでも配信されているようなので、本作そのものに魅力がないということではないと思います。全くもって僕自身の余裕のなさがこのお話を堪能することを阻む要因になっていたんだろうと思われます。

ただ、子供の読み物としてそれなりに教育的に示唆に富んでいたり、名言らしきものもちらほら見られて部分部分で「ハッ」っとさせられる部分はありました。特に終盤の

I don’t want whatever I want. Nobody does. Not really. What kind of fun would it be if I just got everything I ever wanted? Just like that, and it didn’t mean anything. What then?
欲しいものがなんでも手に入って何が面白いのさ?そんなの誰も望んでないよ。そんなのなんの意味もないじゃん。それでどうなるっていうの?

Coraline  chapter10 筆者訳

この場面に至る流れの中で、僕が理解した限りのストーリー展開を考えたときに、この箇所はちょっとグッと来ました。

ぼくは46のおっさんですが、未だに「欲しいものが全部手に入ったらなぁ!」という幼児的な欲望を時に抑えることができません。

そういう傾向が僕を望ましい方向へ誘ってくれている事実は認めるけれど、ではそれがそのまま個々人の幸福な人生につながるのか?と言えばそれは一概にYESとも言えない。当たり前ですね。

おそらく、主人公Coralineくらいの年頃って、泣けば全てが手に入っていた幼児期の幻想から脱却して、少しずつ象徴的な世界への階梯を登り始める時期だと思うんです。

そういう時期の葛藤ややるせなさを「反抗期」という感じで表現するんだと思う。知らんけど。

でも、この母子一体の全能感という口唇的な欲求から徐々に分化され進化していくリビドーの揺れる葛藤を「ボタンの目を持つ全能の母」というメタファーとの格闘のうちに描いて見せている本作は、ただのホラーとは一線を画す含蓄のある物語を、読者の前に差し出しているんじゃないでしょうか。

というような事を言っておきます。困った時の精神分析的読解です。

英語自体はそんなに難しくないと思う

ただ、英語自体は子供が読むものなので、決して難しいものではないと思います。YL4.5くらいじゃないかな?と。

ただ、基本的にホラー・ファンタジーなので、現実の世界では起こり得ないことが起こったりします。

そこで「あれ、今英語の意味取り違えちゃった?!」って狼狽えるというのが、僕のように日頃からファンタジーを読み慣れていない人間の傾向で、難しいところなんですよね。

自分の「フィクション慣れの稚拙さ」を考えると、せいぜいミステリーくらいが関の山で、「英語でファンタジーとかホラーとかって時期尚早なのかなぁ…」という感じがしてちょっと悔しいです。

仕事が落ち着いてればゆっくり読めるけど、仕事してないとなんか落ち着かないし…ワーカホリックの沼にハマっていそうで怖いけど、またいつか落ち着いたら読んでみたいなぁ。

ってな事を、ちょっと休憩のために出てきた門司港で、関門海峡に沈んでいく夕日をぼんやり見ながら考えていて、それを今、リアルタイムでここに書き殴っています。

スマホで。

というわけで、note執筆873記事目にしてはじめて全テキストをスマホで執筆しました笑

こちらが今、僕が見ている風景です。そのスマホのカメラで撮りました。


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