AIと民主主義 経済研究者 友寄英隆さん(1)偽情報 選挙かく乱〜すべてがNになる〜

2024年5月14日【3面】


 人工知能(AI)の使用拡大が政治の領域まで及んでいます。どう見ればいいのか経済研究者の友寄英隆さんに寄稿してもらいました。(5回連載)

 AIをめぐる考察はさまざまな角度から行われてきました。産業・雇用・教育・生活に及ぼす影響、AIの技術開発の状況、兵器としての危険性、AIルール作りのあり方などです。しかしAIは、選挙や治安体制、外交や国際政治など、政治のあり方にも、すでに大きな影響を与えはじめています。「AIと民主主義」という角度から、AI技術の特徴と政治とのかかわりに絞って、最近の動向をとりあげてみましょう。

原理由来の危険

 今年秋の米大統領選をめぐって、生成AI(自然な文章や画像を作成するAI)の偽動画や偽音声を使った偽情報が拡散され、選挙戦がかく乱される危険が心配されています。すでに1月のニューハンプシャー州の民主党予備選では、バイデン大統領に似せた声で“投票に行かないように”などと呼び掛ける偽電話が横行したといいます。悪質な選挙妨害です。

 AIというデジタル技術が政治の世界をかく乱する新しい現象です。

 もともと情報のデジタル化は、人間社会にとって、アナログ時代にはなかったような新たな危険な問題をはらんでいます。選挙の情報だけでなく、デジタル技術を応用した情報処理には利便性がある一方、デジタル技術の原理に由来する危険があることを忘れてはなりません。

 第1に、デジタル化による情報処理には目に見えない「不可視性」があり、偽情報を匿名で発信できます。第2に、そのために偽情報の発信元を突きとめにくく摘発しにくい問題があります。第3に、デジタル情報は簡単にコピーできるため、SNSで瞬く間に数万、数十万に拡散されます。第4に、偽情報の発信者にとってはどれだけ拡散されても費用はまったくかかりません。

 (3面のつづき)

偽情報排除の仕組み必要

 デジタル技術が高度になればなるほど、真実の情報と偽情報とを見分けることは一般市民にとってきわめて困難になります。

 情報の発信・流通の過程で情報の正確さを確認し偽情報を排除するしくみが必要です。

罰則科す法整備

 米国のマイクロソフト社やグーグル社などIT大企業20社は2月、AIを使った偽画像や偽音声などの有害情報を検出する技術協定を結びました。AIが生成した偽動画や偽音声を利用者が識別できる技術の開発などに取り組むとしています。

 AI開発企業による技術的な改善だけでなく、SNSを運営する企業が、偽情報を拡散するアカウント(インターネット上の個人認証情報)やコンテンツ(文章、写真、映像など)を特定して排除する取り組みもすすめられています。

 しかし、偽情報を意図的に拡散する行為には厳格な罰則を科す国家的な法的整備が必要です。

 ドイツでは、2017年に「ネットワーク執行法」を制定し、SNS運営企業に対して偽情報などを削除する義務を課し、違反には巨額の罰金を科しています。

 フランスでは、18年に「偽情報法」を制定し、選挙期間中に偽情報が拡散された場合に裁判所が速やかに削除を命じられるようにしています。

 シンガポール(20年)やブラジル(22年)でも同様の法規制を制定しています。

重要な前提条件

 議会制民主主義において選挙で公正かつ正確に民意を表すようにすることは最も重要な前提条件です。生成AIの悪用によって偽情報が横行すれば、議会制民主主義は根底から揺るぎます。

 政府寄りの記事がめだつ読売新聞は社説で「選挙の偽情報 AIの悪用から民主主義守れ」との見出しをかかげて対策を事業者任せにするなと主張しました(3月9日付)。

 AIの急速な技術的発展にともなって、選挙における民主主義を守ることは、政治的な信条を問わない共通の喫緊の課題です。

 偽情報に対する市民の抵抗力を高めるために、偽情報を見分ける「メディアリテラシー」の教育も重要です。(つづく)

 (8面)


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