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溶ける公教育 デジタル化の行方 第3部(5)人と人とが響き合う〜すべてがNになる〜

2022年10月21日【政治総合】

 政府は、1人1台端末などのデジタル技術を基盤に、教師が大勢の子どもをいっせいに教える現在の授業を、一人ひとりの子どもに応じた「個別最適な学び」へ転換するといいます。その際も、探究的な学習では「協働」を重視するといいます。

個別指導

 障害児が通う首都圏の特別支援学校高等部(肢体不自由)に勤める男性教師は、「個別最適な学び」と、特別支援教育で文部科学省が強調してきた「個別の指導計画」に基づく授業との共通性を指摘します。

 身体障害の様相などは生徒ごとに異なるため、現場の教師も障害に応じて個別指導した方が効率的との考えになりやすいといいます。男性は、個別の指導計画は必要だとしつつ、個別指導には抵抗を感じます。個別指導の授業では優等生なのに、他の学校生活場面や家庭ではわざとおとなを困らせる「お試し行動」を繰り返す生徒を見てきたからです。モットーは「学校だからこそ集団で学ぶことを大事にしたい」です。

 大相撲の絵本『はっきょい どーん』を使った授業では、決めぜりふの場面でいっせいに声をあげて盛り上がり、子どももピーナッツ型バルーンにまたがって四股(しこ)を踏み、最後はバルーンを押し合い真剣勝負。対戦では、普段は体の姿勢がうつむきがちの生徒も顔を上げ、負けた生徒は涙を流して悔しがりました。

 同じように重い障害がある友達の姿に刺激され、夢中で体を動かし、真剣勝負では感情を揺さぶられ、心を強く豊かにする―。人とのかかわり方を学ぶなかで、「お試し行動」が減った生徒もいるといいます。

 男性は、人と人との関係性のなかで成長するのは障害の有無に関わらない人間の本質的なあり方だと指摘。集団学習は、生徒同士のライバル心など、普段の学校生活の関係性のうえに成立するもので、政府のいう「協働的な学び」とは別物だと語ります。

予算に差

 関西地方の特別支援学校高等部(知的障害)に勤める女性教師は、昨年の全国障害者問題研究会全国大会で、有機物と無機物の違いを実験で確かめた実践を報告しました。

 理科室で塩や砂糖を火であぶる実験を通じて、生徒たちは「土はどっちなん?」と問題意識を発展。授業計画を変更して土を燃やすと、「土は有機物やけど、石とか砂とか無機物が混じっている」との認識に自力で到達しました。自分に自信が持てず、「難しい」と思うと一気に考える力がしぼんでいた子どもたちが、実験を機に学びへの貪欲さを表に出すようになったと報告しました。

 参加者からは実践への共感と、学校に理科室があるという本来当たり前のことへの憧れの声があがりました。多くの特別支援学校が教室不足に直面し、音楽室や理科室などの特別教室を普通教室に転用しているからです。

 「誰一人取り残されない」というデジタル化の標語の陰で、特別支援学校の教室不足は全国で3740に達します。文科省は昨年、教室不足を解消するため特別支援学校の設置基準を初めて制定し、特別教室を校舎に備えるべき施設として定めたものの、既存校には適用されません。

 女性は、老朽化が進み雨漏りもある勤務校の校舎が建て替えられないなか、デジタル機器にだけ潤沢な予算がつくことの憤りを語ります。

 「物価高の影響で消耗品の予算が足りなくなりつつあり、授業に必要なコピー用紙や画用紙まで使用を制限するように言われています。それなのにタブレットは1人1台が完了した後も毎年新品が追加で支給されます。強い違和感です」

 (シリーズ第3部おわり。佐久間亮が担当しました)

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