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私の唐揚げと、シングルマザーのチキンカツ

子どものリクエストで唐揚げを作った。
揚げ物をするのは非常に稀なことで、12月にして今年初だったこともあり、アルミ製の油避けや、鉄鍋などが随分と汚れていた。

滅多にしないと言いつつも、慣れた手つきで手際よく揚げていくのだが、経験不足は隠すことができなかった。
どうやら油の温度が高かったようで、できた唐揚げは焦げ茶色になって、衣はちょっと固かった。
それでも美味しいと喜んで食べてくれる子どもたちが愛おしい。

揚げ物というと思い出すことがある。

もう随分と前、20年ほど前にテレビで観たシングルマザーについてのドキュメンタリーだ。
彼女は10代で妊娠し相手の男性と結婚の話があったものの、結局男の方が自信がないとかそういった理由で結婚には至らずにシングルマザーの道を選ばざるを得なかった。
テレビにはまだ1歳にしかなっていない男の子と2人で暮らす映像が流れていて、他の家族の姿はなかった。
両親は既に他界しているのかは忘れてしまったが、身近に手を貸してくれるような存在はなく、離れて暮らす姉に同居をお願いして断られてもいた。

お金の問題もあれば、子育ての不安や孤立、また淋しさなどもあって、子どもとの2人暮らしはつらかったようだ。
誰も手を差し伸べてくれない現実に、10代で母親になった女の子はその後どうなったのだろうか。
あれから20年近くが経ち、当時の男の子ももう大人になっている年齢だ。
愛に飢えているように見えた明らかに未熟だった母親からは、愛をもらえただろうか。
自分で生きていく術を学べただろうか。

母親が料理をする映像が流れた。
今夜はチキンカツだとナレーションが入り、大きな鉄鍋になみなみと注いた揚げ油の中に1枚のカツを入れていた。
小さなテーブルにチキンカツとご飯が乗っているも、床に直接座る椅子のない食卓では1歳の子は走り回ってしまう。
母親が「食べて」となんとか食べさせようとしても口にする気配は全くといってない。

私は彼女より年上だったが、当時子どもはいなかった。
それでも1歳の子に食べさせるようなものではないと感じたし、カツは明らかに固く、揚げ過ぎに見えた。
それを小さく切ってあげることもなく、1枚のカツを丸ごと食べさせようとする姿と、エゴを押しつける様子に違和感を覚えずにはいられなかった。

テレビカメラが入る特別な日だから、特別なメニューにしたのだと思う。
幸せそうな家庭を演出したかったのだろう彼女の気持ちや、揚げ物を選択する幼稚さや、見え隠れする見栄が切なさを呼ぶ。

私の唐揚げも、彼女のチキンカツも、子どもにはどんな思い出になっているのだろう。
固くても、色がちょっと今ひとつでも、いい思い出だったらいいなと思う。
揚げ物をする時の切なさは、腕前が上がることでいつか消えるだろうか。

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