見出し画像

過疎の町からこんにちは #02 〜仏滅起業家誕生〜

前回の話はこちら

かくして私は夫に連れられ、届いたばかりのハンコと書類一式を持って法務局の窓口を訪れた。こんな場所にはそうそう来ることもないので、一応記念写真を撮っておいた。

うっすら知ってはいたけれど、低いことだけは間違いない。


あまりに性急すぎてハンコを押すべき場所すら分からなかったので、窓口で全部教えてもらおうと夫は画策したのだが、「そういった相談業務には、あらかじめ予約が必要です」と、あわや追い返されるところだった。
が、運良くその時間帯の相談枠が空いていたので、どうにか私たちは門前払いを食らうことなく、全ての書類をチェックしてもらい、その日のうちに法人の設立手続きを行うことができた。

設立日は、申請日である今日である。
対応してくれた職員の人曰く、「大安は明日ですけどね」とのことだった。
だから窓口が空いていたのか。
じゃあ、大安ではない今日の六曜は何なのか。
まさか仏滅ではないだろうか。
一応カレンダーを確認してもらったところ………仏滅であった。

幸先が心配になり、私は頭を抱えた。
しかし夫は私とは対照的に、楽観していた。

「そんなことより早く登記が完了した方がいい」
「言い訳の余地を残した方がいいんだよ。ダメだったら仏滅のせいにすればいいんだから」

夫のこの言葉に私はポカーンとした。
なるほどそういう考え方もあるのか。
私のように無駄に慎重すぎてネガティブな人間とは、真逆の考え方だった。

確かに私は夫といれば、自分一人でうだうだ考えてばかりいるよりは遥かに色々なことがうまくいきそうな気がする。あくまで気がするだけだが。
夫の潔さを見ていると、仏滅なのが逆に運がいいような気がしてくるから不思議である。
少なくとも、ここでこうして書くぐらいのネタには恵まれた。



窓口で指摘された不足書類を夫がその場でPCで作成し、ネットプリントで出力するために近くのコンビニへ向かったところ、さっき法務局の同じ窓口にいたグレーのシャツの男性とすれ違った。いかにも一人社長といった風貌の、私たちと同世代くらいのどっしりした雰囲気の男性だ。

「あの人も仏滅起業家なのかな」と小声で夫に耳打ちすると、
「そういうの気にしないタイプの人なんだよ」と返ってきた。

「そうやって変に神頼みとか験担ぎみたいなことにこだわらない方がいいんだよ。腕に水晶のブレスレットとかするようになったら終わりだよ。そこまでして失敗したら、誰もかける言葉がなくなっちゃうんだから」

確かに一人社長や中小企業の経営者、謎の丸い石のブレスレットをつけている。
私はさっきのグレーのシャツの男性がそういうブレスレットをつけて颯爽と歩いている姿を想像して、勝手に笑いを堪えた。

本当に夫という人はテキトーで、仕事が早くて、大事なこととそうでないことの取捨選択が潔い。そういうところが、私とは正反対なのである。
私は起業するつもりなんて全然なかったが、ちょっとしばらくこの人の言うことに従って、今目の前にある一番やるべきことにだけ集中して取り組んでみた方がいいのかもしれないと思った。

そういうわけで、私はイチかバチか、夫の出身地であるK町のロゴデザインに取り組むべく、半ば強制的に新しい人生をスタートさせることになったのである。

勿論、実績に乏しい私の案が採用されるなどとは微塵も思っていない。
けれど、やらずに後悔するよりは、やって後悔した方がマシだろう。
CI検討委員会を第1回から継続的に傍聴してきた人間なんて、私ぐらいしかいない。
半年前の素案に対するパブリックコメントだって、私を含めて5件しかなかった。
ただし、外野から意見を言うだけなら誰にでもできる。
言うは易し、行うは難しなのである。
実際に「これがいいと思う」と言えるようなものを自分で提案できなければ、ただの口だけのクレーマーになってしまう。
それはちょっと嫌だなと思った。

だからといって会社まで作ってしまう気は全然なかったのだが、
こうなったらもう、やるしかないのである。
私は今まで物事をちゃんと自分が納得いくまで頑張ったことがなかった。
やるなら当たって砕けろである。
仮に本当に砕けたとしても、仏滅のせいにできるからいいのである。

以上が2024年7月16日(仏滅)の出来事であった。
1週間後、会社の登記は無事に完了したが、まだまだ事務的な手続きが残っていた。
私は再び法務局へ行って、できたばかりの登記簿謄本を何部かと、印鑑証明書を取得した。
後日それを持って社会保険の加入手続きに行ったり、銀行へ口座開設に行ったりした。

銀行口座については、申請すればすぐにできるというものではなく、審査に何日かを要した。
申請時には、担当の人に会社名について訊かれたのが少々気恥ずかしかった。

「この、ヌ◯◯◯はどういう意味なんですか?」と、東北訛りのイントネーションで素朴に尋ねられた時、私は思わず周りをキョロキョロ見渡した。
そしてやや引きつった顔で「これは二つの英単語を合わせた造語を短く縮めたもので…」等としどろもどろに説明すると、「へぇ、ちなみにその二つの英単語は何なんですか?」「それぞれどういう意味なんですか?」とさらに深掘りされ、いちいち事細かに説明せねばならなかった。
思いがあってつけた名前なので別にいいのだが、まさか最初にそのコンセプトを説明することになるのが銀行の窓口の人とは思わず、私は変な脂汗をかかされたような気分になった。

二つの英単語というのは「neutral」と「spectrum」である。
私が個人的に大切にしている概念だ。
中立的な視点を持ち、年齢や性別などの境界のない、ひとつの連続体としての社会を形成していきたいと思っているからそんな言葉を由来とした。
たとえば虹の七色には明確な境界線がない。
それぞれの波長によって分かれた色が、ゆるやかにつながり合っている。
世の中もそういう風であってほしい。
様々な色が少しずつ交わりながら互いに共存し合う、そんな社会がいい。

少々ポエってしまったが、そういう名前の会社ができた。
目的のコンペにも、無事謄本を添えて申し込むことができた。
あとは、デザインするのみである。ここからが問題だ。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?