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『くるまの娘』宇佐見りん

かんこは父、母、兄、弟との5人家族だが、兄と弟は家を出て、今では脳梗塞の後遺症に苛まれる母、気に触ることが起きると手がつけられなくなる父と3人で暮らしている。母は自分の機嫌を自分でコントロールできない。わめいたり、いじけたように泣いてみせる母をなだめるのがかんこの役目だ。父はかんこに向かって屈辱的な言葉を吐いたり、暴力を振るう。

それでもかんこは自分のことを唯一の被害者だとは思っていない。自分だけこの地獄から逃げ出して救われようとも考えていない。加害/被害の二項対立を決めることに何の意味も無いのを知っているからだ。この家族の一員である自分が救われるなら、全員が救われないと。

家族。ゆりかごから墓場までのコミュニティ。週2日出せる燃えるゴミみたいに簡単に放棄できない。お互いに首輪を力強く握った空間に大人/子供の線引きはもはや存在しない。

弟と家族で久しぶりに車中泊をする。昔は旅行の際によく行ったものだった。くるまの中で、かんこはいつもより気持ちが大きくなる。父が施した教育を思い出す。家族と続けて来た生活の、眩しくて他人事のような過去を思い出しては現状のどん底具合に傷つく。けれど、かんこは両親を置いていくことができない。子どものように泣く母を励まし、父の怒りの矛先を引き受けることが自分の役割だと染み付いている。かんこも精神を病んで学校生活に支障をきたしている。慣れは感覚を狂わせていく。頼れる人も希望的観測も無い。傷が治らないうちに新しい傷が生まれる。繰り返す。家族は終わらない。くるまの娘の生活は続く。

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