母さんから電話がかかって来たのを2回無視した。初めは、ゲーセンで遊んでいることがバレるのを恐れて。2回目は、もう2分もすれば家に着くから。 自転車を軽自動車にぶつけないように慎重に車庫の奥まで運びながら「着信気づかなくてごめんね」と口元を動かして筋肉をほぐした。頭で台詞を考えるのと、一度口パクを介するのでは、言葉の滑らかさが変わってくるからだ。母さんとは円満で居たかったから、嘘をつく時はマスクの下で予行練習を欠かさなかった。 いざ本番を行うと、母さんはさほど気にしてな
ロック画面に「母さん:帰ってくるの遅くなるからお兄ちゃんと夕飯食べててね🥢🙇♀️」と通知が来て舌打ちした瞬間、電話が鳴りました。 応答せずにしばらく待っていると着信は切れて、父親の留守電が「今日残業だから二人でご飯食べろ」と再生されました。 子供部屋の扉を開け、一階のリビングを見下ろすと、兄さんは友達と“龍が如く”をしていました。「2周目だからつまんねーな」とか「これ声誰やってんだっけ」とか呟きながら人を殴り続ける音が響いていました。平坦な会話の隙間にキャラクターが力を込
かんこは父、母、兄、弟との5人家族だが、兄と弟は家を出て、今では脳梗塞の後遺症に苛まれる母、気に触ることが起きると手がつけられなくなる父と3人で暮らしている。母は自分の機嫌を自分でコントロールできない。わめいたり、いじけたように泣いてみせる母をなだめるのがかんこの役目だ。父はかんこに向かって屈辱的な言葉を吐いたり、暴力を振るう。 それでもかんこは自分のことを唯一の被害者だとは思っていない。自分だけこの地獄から逃げ出して救われようとも考えていない。加害/被害の二項対立を決める
『アフターダーク』の不思議さは「語り」が握っている。 深夜のデニーズで、浅井マリはひとりキャップを被り本を読んでいる。中国語を専攻している19の学生である彼女に声をかけたのは彼女の姉・エリの友人を名乗る若い男だった。二人はとりとめのない会話をして別れるのだが、その後、マリは近くのラブホテルで起こった騒動に巻きこまれる。ひとりはふたり、よにん、さんにん、またふたりと場所は移り変わり、マリは様々な夜に溶け合っていく。それを、奇妙な語り手「私たち」は細やかに言葉を尽くす。 「私
コンビニ、居酒屋、公演、カラオケルーム、披露宴会場、クリスマス、駅前、空港と日本に数多くある場所。そこに向かったり思いを馳せる個人が存在する。 その個人的な希望についての話。 どこかへ行きたい欲求をよく解剖してみると、土地に関しての希望は薄く、土地に置かれた人々への拘りが強い場合がある。どこかへ、と言っておきながら結局どこでもいいわけじゃない。そういうことに気づくのにボクはすごく時間がかかってしまった。 建物と人との結びつきは粘着質だ。ボクらは屋内に居ながら世界と自由に繋が
53の物語に登場するひとたちはどこか少しおかしい。 好きな人と同じときに体調を崩したい。居なくなったお兄ちゃんの健康状態をお母さんに報告し続ける。プーさんのぬいぐるみに取り込んだこっくりさんと暮らす。紙を食べて色んな気持ちを摂取する。忍者の仕事をやめる。 「なにかが死んでいる」、「私はゼロ」、「てるてる坊主」をボクはとても気に入っている。変だなとも思う。そう、奇妙なのだ。さらに不思議なのは、奇妙なのにちっともわざとらしくない。この先生きていたらこういうことが起こるかもしれな