いぬかいいと

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最近の記事

兄さんを

ロック画面に「母さん:帰ってくるの遅くなるからお兄ちゃんと夕飯食べててね🥢🙇‍♀️」と通知が来て舌打ちした瞬間、電話が鳴りました。 応答せずにしばらく待っていると着信は切れて、父親の留守電が「今日残業だから二人でご飯食べろ」と再生されました。 子供部屋の扉を開け、一階のリビングを見下ろすと、兄さんは友達と“龍が如く”をしていました。「2周目だからつまんねーな」とか「これ声誰やってんだっけ」とか呟きながら人を殴り続ける音が響いていました。平坦な会話の隙間にキャラクターが力を込

    • 『くるまの娘』宇佐見りん

      かんこは父、母、兄、弟との5人家族だが、兄と弟は家を出て、今では脳梗塞の後遺症に苛まれる母、気に触ることが起きると手がつけられなくなる父と3人で暮らしている。母は自分の機嫌を自分でコントロールできない。わめいたり、いじけたように泣いてみせる母をなだめるのがかんこの役目だ。父はかんこに向かって屈辱的な言葉を吐いたり、暴力を振るう。 それでもかんこは自分のことを唯一の被害者だとは思っていない。自分だけこの地獄から逃げ出して救われようとも考えていない。加害/被害の二項対立を決める

      • 『アフターダーク』村上春樹

        『アフターダーク』の不思議さは「語り」が握っている。 深夜のデニーズで、浅井マリはひとりキャップを被り本を読んでいる。中国語を専攻している19の学生である彼女に声をかけたのは彼女の姉・エリの友人を名乗る若い男だった。二人はとりとめのない会話をして別れるのだが、その後、マリは近くのラブホテルで起こった騒動に巻きこまれる。ひとりはふたり、よにん、さんにん、またふたりと場所は移り変わり、マリは様々な夜に溶け合っていく。それを、奇妙な語り手「私たち」は細やかに言葉を尽くす。 「私

        • 『どこにでもある場所とどこにもいないわたし』村上龍

          コンビニ、居酒屋、公演、カラオケルーム、披露宴会場、クリスマス、駅前、空港と日本に数多くある場所。そこに向かったり思いを馳せる個人が存在する。 その個人的な希望についての話。 どこかへ行きたい欲求をよく解剖してみると、土地に関しての希望は薄く、土地に置かれた人々への拘りが強い場合がある。どこかへ、と言っておきながら結局どこでもいいわけじゃない。そういうことに気づくのにボクはすごく時間がかかってしまった。 建物と人との結びつきは粘着質だ。ボクらは屋内に居ながら世界と自由に繋が

          『私と鰐と妹の部屋』大前粟生

          53の物語に登場するひとたちはどこか少しおかしい。 好きな人と同じときに体調を崩したい。居なくなったお兄ちゃんの健康状態をお母さんに報告し続ける。プーさんのぬいぐるみに取り込んだこっくりさんと暮らす。紙を食べて色んな気持ちを摂取する。忍者の仕事をやめる。 「なにかが死んでいる」、「私はゼロ」、「てるてる坊主」をボクはとても気に入っている。変だなとも思う。そう、奇妙なのだ。さらに不思議なのは、奇妙なのにちっともわざとらしくない。この先生きていたらこういうことが起こるかもしれな

          『私と鰐と妹の部屋』大前粟生