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『私と鰐と妹の部屋』大前粟生


53の物語に登場するひとたちはどこか少しおかしい。

好きな人と同じときに体調を崩したい。居なくなったお兄ちゃんの健康状態をお母さんに報告し続ける。プーさんのぬいぐるみに取り込んだこっくりさんと暮らす。紙を食べて色んな気持ちを摂取する。忍者の仕事をやめる。
「なにかが死んでいる」、「私はゼロ」、「てるてる坊主」をボクはとても気に入っている。変だなとも思う。そう、奇妙なのだ。さらに不思議なのは、奇妙なのにちっともわざとらしくない。この先生きていたらこういうことが起こるかもしれないって頭の隅で思う。し、ちょっとだけ祈っている。

「生きていたら色々ある」と次からは金を取りたくなるほど日々言い聞かされてる。色々は人によって違う。その色々の中から一つの「いろ」を抽出してプレパラートに移し観察してみたらどうかな。設定した倍率の数字、反射鏡の角度、鏡筒の位置は自由に決めていいことになっていて、当事者であるボクは30倍で、ボクから「色々あってさ」と話を聞かされた君は10倍で見ようとしている。近すぎてあるいは遠すぎて、全体的に暗くて、ピントが合ってなくて見えないかもしれない。見えないままでいい気もする。見たいものだけ見てちゃダメか? ダメじゃないんだけど、驚きはなくなるのかもしれない。見たくないものを見ると傷つけられた感覚になる。角膜も心も。でも、予想の範疇を超えてボクの所へやってくる体験、希望してなかったからこそ出会えた体験もあるんじゃないかな。今まで視界からうまいことはみ出していた不思議な宇宙がココにはある。53の短編は語ってくれる。彼らとおなじ脈拍になりたい。無限にあらゆる方向へ感覚を薄く伸ばして敏感でいたい。必然であるかのようにダンスをして、そのあとは深く眠って忘れたい。そしてまた目を開けたらこの本どんな話だったっけ? とめくりたい。

まだ見たことがないものを何度だって見たいと思いませんか?

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