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お湯が沸いてから材料を入れます。

[コワーキングスペースのコミュニティ運営について考える:第5回]

20年くらい前、僕は広告系印刷物の制作をメインの仕事にしていました。その頃はいくつかの複雑な事情が絡んで、あまりお行儀の良くないクライアントの仕事もしていました。折込チラシのデザインを持っていくと、オールバックで真っ白いスーツを着た役員様に「兄ちゃんさー、もうちっと何て言うのかなぁ、かっちょいいデザイン持って来いよ」と、提案したデザイン案を床にばら撒かれたことがあります。床に膝をつけて拾っていると頭の上で舌打ちされた、今も耳に残るその音。
また他のクライアントでは、着てる服がオシャレだから広告の担当になったという女性と、毎週毎週「ここの赤はもうちょっとフランスっぽい色にしてください」「ここの文字はそうねーイタリア風に変えます」などという打合せを延々と何時間もしていました。

今となっては笑い話ですが、本来は共に最高のアウトプットを生みだすパートナーのはずの両者がなぜこうも不幸な関係になるのか、そのころはいつもそれを考えていました。

発注者の傲慢と、受注者の怠慢。発注者は「できるだけたくさん働かせて1円でも安くしたい。金払ってるんだから言うこと聞かせたい」し、受注者は「同じ金額なら出来るだけ楽に納品してしまいたい。金貰ってるんだから黙って言うこと聞いていよう」が本音だとすれば、それは構造的な問題なのかもしれません。その構造を打ち破って理想的なパートナーシップを築くためには、他人は変えられないんだから、まず受注者たる自分が怠慢に陥らないこと。楽に納品しようとせず、心から自分が正しいと思えるモノを提案して、クライアントに反論すべきはきちんと反論し、誠意のある仕事をすることだ、というのがそのころの僕が出した結論でした。まぁでも、たちの悪い相手だと露骨に「黙ってオレの言うこと聞けよ」的になって、どうにもならないんですよね。僕自身の力不足はもちろんありますけどね。で、最終的には、まぁいいや仕事なんてそんなもんだ忘れて音楽聴こうっと…というのが、ダメダメビジネスマンとしての僕だったわけです。行きつくところは怠慢。まぁ実際、あの頃の僕は腐ってたなぁ。あらゆる意味で腐ってた。

ところが、それから10年以上たって環境も変わり、おかげさまで尊敬すべきクライアントに恵まれて、クリエイティブな仕事をさせていただけるようになり、その1つとしてKOILを立ち上げ運営していると、あれ?という光景を多く見かけることになります。KOILで繋がって受発注が成立した人たちが、なんか同じ会社の同僚のように風通しのいいやり取りをして、気持ち良さそうに良いモノを創り出しているんですよね。それは、テーブルの上にリソースを出し合って1つのものを一緒に創るというイメージの受発注。「僕はテーブルにお金を出すから、君は能力を出してよ。」発注者と受注者がフラットな関係でチームになっている。取引形態は受発注なんだけど、限りなくコラボレーションに近い感覚で仕事をしている。これを僕は「共創的受発注」と仮に名付けて、KOILの価値を説明する際に使うようになりました。KOILでつながった人と仕事をすると、共創的な受発注になるんですよ。

得意になって毎日それを言っていると、ある日誰かに「なんで?」と訊かれて困ることになります(笑)。なんで?なんでだろうか。

言語化の必要に迫られ、色々とフクザツなことも考えましたが、要は順番の違いでしかないな、というのが結論でした。受発注ありきで人間関係が始まるのか、受発注とは関係のないところで知り合って関係性を築いた人と仕事を始めるのかの順番の違い。後者の場合、すでに人間として、あるいはあるジャンルのプロとして認めている人どうしがお互いを尊重して、せっかく築いた関係性を大切にしながら仕事をするので、同僚的なチーム感が自然に生まれるのです。

という整理にして説明し始めましたが、いやしかし、順番が違うだけ、などという単純な話で良いんだろうか、というのが常に頭の隅にあったのも正直なところ。そんなある日、ある仕事がきっかけでこの仮説を裏付ける「成功循環モデル」という学説を知ることになりました。それは、こんなものです。

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授によると、目的を持った多くの組織はまず成果を求めるところから始めるため、対立関係が生まれ、構成員がモチベーションを失い、消極的・他律的になる。すると結果が出ないから関係性が一層悪くなる、という悪循環に陥りがちだといいます。それに対し、成功している組織はまず良好な関係を築くことからはじめている。それがポジティブな思考と行動を生み、結果に繋がる。結果が出るから一層お互いを信用するようになる、という好循環になっているそうです。

おぉ、やっぱり順番だけだった。順番が全てであった。

コワーキングスペースは、文字通りワークスペースを共有している「だけ」の場ですから、利用者が共通の成果を追い求めることなんかそもそも不可能で、関係の質から始める以外やりようがない、という場所です。なので、自然に、というか必然的に「成功循環モデル」のプロセスをたどることになるのです。

だとすれば、これこそはコワーキングスペースの最大の価値ではないでしょうか。成功循環モデルによる共創的受発注が必然的に生まれる場所。これ、ほんとは4倍くらいの文字サイズで書きたいところです。

もっとも、ただ関係性が良いだけではもちろんダメで、どこかの時点で受発注関係に進むことが必要です。そのために必要なのが、ビジネス・マッチングということになります。ここが、私たちコミュニティ・マネージャーのとても大切な業務ではあるわけです。

ただ、ここまで考えてきたことを踏まえると、コミュニティ・マネージャーが「繋ぎ方」を間違えると共創的受発注は生まれない、ということになりますよね。せっかく関係性から始められる場所にいるのに、「はじめまして。では早速ですがこういう見積りが欲しいです」という繋ぎ方をしてしまっては、全く意味がないわけです。

では、どういうときにどう繋ぐのがいいのか。というか、そもそも繋ぐって正しいことなのかな?というのが次回のお話になります。「コミュニティ・マネージャーは繋ぐ人、とは限らないんじゃね?」という話。お楽しみに―。

#ビジネス #コラム #コミュニティ #コワーキングスペース

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