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階段状に削られゆくその山へ。武甲山に登った記録。

あの日見た山の名前をわたしはもう知っている。
直線的に切り取られた山肌は要塞もしくは神殿のようで、秩父の風景に必ず映り込む。人はその姿に感動したり悲観したり、さまざまな印象を抱く。
視界に入れば思わず二度見してしまう山容、それが「武甲山」だ。

武甲山(ぱくたそより)

わたしは武甲山が気になっていた。
「あの花」を視聴したあの日、秩父旅行帰りの知人に「異様な山だった」と話を聞いたあの日、地図で異様な等高線を見たあの日から──


樹林帯を登っていく

武甲山、それは秩父盆地の南にそびえる単独峰だ。地域における信仰の対象にもなっている。そして豊富な天然資源が眠っており、今日も地域経済の中心として街の産業を支えている。

スタートは一の鳥居駐車場から。この鳥居を車でくぐって駐車場内に入るのだが、車で鳥居に突入する経験が初めてなので少々驚く。

駐車場のお手洗いで身支度して出発だ。この日は表参道(生川コース)から登っていく。駐車場から本格的な登山道に入るまでは舗装路が続いているが、路面の硬さがダイレクトに膝に伝わり煩わしい。早く未舗装路を踏みたいものだと登山靴も懇願していた。

しばらく登ったところで登山道のはじまりはじまり。登ったのは暑さが落ち着いた9月の彼岸を過ぎたころ。湿度は低かったが日差しが暖かく、登りは半袖が丁度良かった。

整備された橋や階段、木道が続く

黙々と歩いていく。なんせ登山道がかなり整備されていて歩きやすい。淡々と山頂を目指す。

道中にはきのこがいっぱい! これはキソウメンタケというきのこ。

山頂が近付くとより強く陽が差し込んできた。歩いていると不思議な気分になる。わたしがいま歩いているのは、見た目があんなに印象的な武甲山なのに、ここは至って凡庸な山だ。

樹林帯を抜けて

ふと足元を見ると、根っこや土に混じって乳白色をした岩石が増えてきていた。

山頂で知る、削られゆく山影

そして山頂に到着。頭の上には綿雲ひとつなく快晴だ。眼下には秩父の街並みが広がる。

「至極一般的な山では」と言っていたのもここまで。山頂付近は神社や広場があり……そして周辺にはフェンスが貼られている。

ゴミも恋人も捨てないでね♡

さて、これからがこの登山の目的だ。フェンスに貼られた看板にはこう書かれている。

1,フェンス内は、石灰岩採掘の鉱業用地です。
2,突破による飛石・転石などの危険がありますので、フェンス内への立ち入りを禁止します。
3,無断で立ち入ったことによって、自己や怪我などが発生しても一切責任を負いません。(以下略)

フェンスの向こう側に目をやると、白くむき出しになった岩肌と重機が見える。麓から見ればピラミッドのように見えるが、山頂から見下ろしてもただ採鉱現場が広がっているだけで、あまり感動はなかった。

作業風景など見られたらいいな、と思っていたが生憎この日は休日。ただただ静かな現場が広がっているだけだった。

神社にはこのような看板が立っていた。

武甲山(標高1304m)は、奥秩父山地より北方へのびる尾根の末端にある独立峰で、山体の北半分を2億年前の石灰岩が占めています。
(中略)
石灰岩の採掘は、大正時代からはじまり、高度経済成長期に増加し、昭和40年頃急速に山容を変えてきました。昭和56年、関連企業三社による協調採掘が始まり、現在に至っています。

武甲山御嶽神社、境内看板より

武甲山は古くより、神が鎮座する山として崇められていたそうだ。山頂の武甲山御嶽神社は、ヤマトタケルが武具を山頂に埋め関東を治め守ったことがはじまりと言い伝えられている。

大正時代からはじまった採掘は、秩父を象徴する山の姿をたちまち変えていった。かつて1336mだった山頂は1980年の爆破で失われ、現在では1304mに定められている。二等三角点や武甲山御嶽神社も移設された。

それでもなお、武甲山は威風堂々と秩父の街を見下ろし、そびえ立っている。そしてわたしはその山頂に立っている。

シラジクボ経由で下山

下山は南尾根から周回してシラジクボを経由して一の鳥居駐車場へ戻る。シラジクボは、武甲山と隣に立つ小持山のコル(山頂と山頂の間にある標高の低い部分)で、「シラジ」というのが北関東〜東北の方言ですり鉢を指しているそう。つまり「すり鉢状の凹み」と名付けられた場所だ。
(気になったので、帰宅後に調べてみた)

偶然、先頭に和気あいあいとした中高年パーティーが、次にソロの女性、わたしたち一行の順で間隔を開けながら下山をしていった。全員が同じルートで下山をする様子だった。

おばさまたちは脇目も振らずどんどん下っていく。我々も途中まで付いていっていたが、ふと不安になり地図を取り出した。こんなに一気に標高を下げていくルートだったか?
現在地を確かめると、明らかにルートを外していた。今いる道は事業者向けの林道で、どこかの分岐にて間違って入り込んでしまったらしい。地図を読む限り、この道と正規ルートは合流するようだったが素人が早合点するのは危ない。引き返し、分岐点まで戻る。

ここが分かりづらい分岐点。正面の「持山寺跡」の看板は朽ちてしまっている

静かな森だった。鳥の鳴き声も遠のき、木漏れ日さえ落ちてこない。ただ黙々と踏み固められた土を歩いていた。

道中にはきのこがあり、仏様の石碑があり、そしてきのこがあった。

心地良い疲労感を下半身に感じながらスタート地点に戻ってきた。これにて「おつかれ山」だ。

YAMAP 登山データより

人は階段状に削られていく山容を悲観することもできるし、感傷に浸ることもできる。だが、他の街から訪れただけの人間が何か物申すのは、厚顔無恥で無責任だ。だからわたしは黙々と歩き、登る。

武甲山、それは秩父盆地の南にそびえる単独峰だ。地域における信仰の対象にもなっている。そして豊富な天然資源が眠っており、今日も地域経済の中心として街の産業を支えている。
その姿を刻々と変えながら。

追記:『アリスとテレスのまぼろし工場』を観た

岡田麿里監督の「アリスとテレスのまぼろし工場」を観に行った。岡田さんは天然資源を採取する産業の街で育っているわけで、だから書けたし書きたかったのかなと思った。中島みゆきの「心音」を聞きながら、ふと武甲山の山影が脳裏に浮かんだのはここだけの話。

参考文献

https://yamap.com/mountains/96#mountains-id-basic-info