聖書、新聞、エロ本~印刷の歴史と現在~
~これまでのあらすじ~
弱少印刷所勤務のオペレーター兼デザイナー兼なんでも屋、組木くんをハカセと呼んでちょっと小粋な同人誌の作り方を同人女にレクチャーさせることで小銭を儲けかつ女にモテようと目論む同印刷所営業の縫山くんは、まず「別にフルカラーである必要はないのでは」とか言い出すハカセに手こずっているまま徒に年明けを迎えてしまったのだった。
縫「あけましておめでとうございます~。いやー間があきますね。ま、おれたちも仕事をしているのでね、仕方ないですよね! ゆるしてほしい!!」
組「とてもご無沙汰してしまいましたが、あけましておめでとうございます。そうそう縫山くん、お正月にお休みをいただいたので僕は勉強してきたんだよ!」
縫「なにやってるんですか。正月ですよ。餅食って酒呑んでごろごろするための休みですよ?」
組「うんお餅は食べたけど……だから今日はみなさんに印刷の歴史の話ができます!」
縫「えっ……。会話の流れ……。しかも歴史ってなんですか。みんなが知りたいのはツイッターの画像四枚に収まるかっちょいい同人誌を作るための簡単Tipsですよ!?」
組「でもかっこいい同人誌を作るためにはたぶん画像四枚の情報では足りないよ」
縫「そこをなんとかするのが腕の見せ所でしょ~!? なんなんすか、歴史がわかればかっこよくなるんですか、本が」
組「かっこよくなるかどうかは保証できないけど、えーと、これまで、『箔押しをやってみたいけど、なんとなくハードルが高い』って話をしてきたよね。じゃあ、その『なんとなく』のハードルを下げることができないかな、というのが、今回僕が伝えたくて調べてきたことです」
縫「はあ」
組「縫山くんは印刷ってなんのためにあると思う?」
縫「えっ、そりゃクライアントとユーザーでしょ。印刷にしたい情報がある人と、その情報に興味や用事がある人だと思いますけど」
組「じゃあもうひとつ質問です。活字というものはなんのために作られたでしょうか。最初の活版印刷はなんだったかって聞いたほうがいいかな」
縫「活版印刷っていったらあれでしょ、超有名、グーテンベルグの聖書ですよ。流石におれでも知ってますよ」
組「そうそう。それまで手書きの写本で伝えてきた聖書という書籍を、もっとたくさんの人に読んでもらうために、金属で文字をひとつひとつ作って、それを文章に組んで、圧して文字を紙に『印刷』した、これが活版印刷のはじまりです」
縫「そうですね」
組「で、日本に活版印刷が根付いたのはいつで、なにを印刷するために使われていたと思う?」
縫「えー、浮世絵とか瓦版は木版だし、文明開化から後っすよねえ。で、活版だからなにかを沢山印刷しないといけなかったんでしょ……。うーん、何かな」
組「新聞です!」
縫「あー。なるほど。たしかに古い新聞でも活版すね」
組「聖書と新聞ね、もしかしたら違うかもしれないんだけど、この共通点は、『伝えたいことを、伝えたい相手に、できるだけ早く、たくさん伝えたい』ってことじゃないかと思うんですよ。僕は思ったんだけど、これって同人誌も一緒じゃないかな」
縫「えっ、何言ってるんですか? 大丈夫ですか? 同人誌に夢、見すぎじゃないですか? 実物読んだことあります? 妹の作ったドスケベな本見せましょうか?」
組「だって江戸時代の印刷物、これはまだ活版じゃなくて木版だけど、あ、木版というのは文章や絵を木に彫って刷る印刷です、あれだってセクシーな作品が随分多かったはずだよ。あと俳優や女優のブロマイドとか。そして印刷物が普及したのはそういうものが爆発的に需要があったからだから……」
縫「確かに春画の浮世絵、ヤバイやつありますもんね。メチャクチャ版が重なってたりとか、空押しみたいなのあったりとか」
組「そうそう、結構凝ってるんだよね。僕最近同人誌のすてきなデザインについて少し調べているんだけど、ええと、たとえば乳首にホログラム箔を」
縫「その話はいいです。知ってますし」
組「同じことじゃないかなと思うんだよね。つまり、キャラクターをより魅力的に印刷したいということは、その魅力をたくさんの人にわかってもらいたいということじゃないかな。それは、ええと、怒られるかもしれないけど、その、聖書に書かれた大切なことを、正確に伝えたい、という感情と、同じことではないでしょうか。……ついてこれてる?」
縫「言いたいことは解りましたけど聖書にとりあえず謝ったほうがいいんじゃないですかね。大丈夫? 牧師さんとか神父さんとかにメッチャ怒られたりしない?」
組「ごめんなさい」
縫「すいません、悪気は無いんです。ちょっとエモくなっちゃっただけなんです。」
組「い、いや、でも、それくらい同人誌を作るっていうことにみんな強い気持ちを持っているっていうのはたしかですよね。で、なんだか話を広げちゃいましたが、僕が今回言いたいのは、グーテンベルグの聖書はすごく遠い特別なものではないし、活版印刷もごく日常のものだってことなんです。ただ、それが技術として少し過去のものになりつつあるから、オフセットやオンデマンドと比べてお金がかかるというだけで」
縫「ああ、まあそうですよね。活版のほうがうんと歴史は長いわけですし、日本の中でだってつい最近まで活版の印刷ばっかりだったわけですしね。」
組「さっき木版の話をしたけど、活字が国内で作れるようになるまでは、これは金属の鋳造技術が国内で発展するまで作れなかったんだけど、とにかく活版以前は木版だったわけだよね。絵も文章も木に彫ってた。木版がなんで活版に切り替わったかっていうと、第一に木版を一枚ごとにあわせて新しく彫るのはとても大変だから、第二に自由度が低いから。活版は活字単位で組み替えられるから、新聞を日刊で出すこともできる」
縫「はあ……。なんか講義を受けてる気持ちになってきました。そうですね。それでまあ、たくさんの人に情報を伝えることができると。解りますよ。」
組「何の話をしてるかっていうと、活版のかわりにオフセットやオンデマンドが発達したから、活版がマイナーになって、マイナーになったから特別なものになったって話だよ」
縫「活版が高いんじゃなくて、より安いくて便利なものが出てきたから相対的にそっちがメインになったってことですか」
組「そうそう。木版より活版のほうが、活版よりオフセットのほうが、より早く、手軽に、精確に、印刷できるようになった。でも今でも木版も活版も、銅板画とかも人気があるよね」
縫「そうですね、独特の凹みとか、表現でこだわりがあるクライアントもありますもんね。お菓子のパッケージなんかにも使われてたり」
組「活版しかなかった頃は活版に含まれるそういう、アナログな質感とか、そういうものが特別だと思う人は別にいなかったと思うんです。でも、色々な印刷方法が発達した結果、活版の特徴とは何かってことがわかるようになった。そういう意味では活版は特別だけど、それ以上のことではない。ちょっとお金はかかるけどね……」
縫「かかるって言ってもほかが安いだけ、と思えばまあ。確かにこの十年だけでもオンデマとか出てきて安くなったもんな同人誌の印刷代って」
組「そう、ずいぶん安く刷ってくれるところがたくさんあって、安く作れることはもちろんいいことなんだけど、ただ、印刷屋としては、古い技術にお金を払うことは、その技術がなくならないように、あともしかしたらクライアントが増えればもっと安く提供できるかもしれない、ってこともある、ってことはちょっと考えてもらいたいなって思います。なにしろいま当たり前にあるものがなくなることはよくあることで、実は僕らの会社は関西なので先輩たちからそのへんの話をよく聞かされるんですが、阪神淡路大震災のときに印刷所がけっこう打撃を受けていて」
縫「最近のことでも、東北の地震で紙工場が、九州のでも印刷所がダメージあったりしてますからね……」
組「技術がなくなるまえに、やってみたい印刷はやっておこうよ、『いつか』じゃなくて、って」
縫「そうですねえ。紙とかも廃番になったりもするし、やりたいうちにやったほうがぜったいいいですよね」
組「今回は歴史のお勉強でした。ちょっとつまらなかったかもしれないけど聞いてくれてありがとう! 今回活版の話ばかりしてしまったので、次は、ちょっと話題に出たけど、オフセット印刷とは何か、オンデマンド印刷のほうがもっと安いってどういうことなのか、とか、そのへんのお話ができたらなと思います。具体的な話がなかなかできなくてごめんなさい」
縫「組木先生の講義のお時間でした~。次はぜったい役に立つやつします。エロは聖書ということがわかってよかったですね。ゾーニングをしながら大手を振ってしていきましょう~」
組「絶対に伝えたいことを絶対に伝えるお手伝いをする仕事をしていきたいと思います。ではまた」
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