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大好きだった居酒屋さんがパンケーキ屋さんになった。

大好きだった居酒屋さんがパンケーキ屋さんになった。


居酒屋さんがつぶれて新しくテナントが入ったという意味ではない。

居酒屋さんの店長さんが同じ場所でパンケーキ屋さんを始めたのだ。

特に明言されていたわけではないが、
「夜八時以降の営業」「酒類を提供する店」
ここに当てはまるだけでなんとなく敵視されてしまう、
この世の中で生きていくためなのだろう。


私は大学から一人暮らしを始めた。

それはもう小学生のころからの夢で、
高校生になったら電車通学、
大学生になったら一人暮らし、と
決まり文句の様に唱え続けて叶えた夢であった。

もともと長女だからかものすごくマイペースで、
休日も、妹はよく両親の買い物について行っては
アイスや洋服を買ってもらっていたのだが
私はお留守番と称して
誰もいない家で一人絵を描いたり文章を書いたりしているのが好きだった。

一緒に来たらあれとかこれとか買ってもらえるのに〜
と家族に何度も言われたが、
あのときから私にとって
「一人の時間」というものがとっても大切だったのだろう。

そんな私が一人暮らしを始め、
初めて住んだ街はいわゆる学生街だった。

右も左もわからないまま入学式に行ったら
新歓祭の波に呑まれ、
あれよあれよという間に3つのサークルに入っていた。

そのうち一つはすぐに辞めてしまったが、
サークルや学科の先輩がありとあらゆる店に連れて行ってくれ、
単位の取り方やらサークルの恋愛事情やら
手取り足取り教えてくれた。

ずっと一人になりたくて始めたワンルーム生活だったが、
きっと先輩たちがいなかったら
私は一人暮らしを満喫することなく
大学生活を終えていただろう。

「1女」とはよく言ったもので、
本当に、1年生の女子であるというだけで
無償の施しをたくさん頂いていたように思う。

1女としての生活も半分を過ぎた頃、
いつもの先輩男子たちではなく、女子の先輩から
女子会しない??という誘いを受けた。

高校の時から女子会ばかりやっていた私は、
久しぶりの響きに大歓喜した。
かわいい先輩たちの中に、私一人だけ後輩状態で
ちやほやされまくった夜だった。

その時の店が、件の居酒屋だ。
いわゆるイタリアン居酒屋というやつで、
コースのメインはカマンベールチーズがドカンと乗ったトマト鍋だった。
こんなにも女子会に適した料理があるだろうか。

普段男性陣がいるときには物静かな先輩も
お酒で火照った顔でダル絡みしてきて、
ギャップ萌えとはこのことか、、となったし
恋愛観を語り始めたら止まらなくなった3年生を横目に
4年生の憧れの先輩が困り顔で
ごめんねえ〜と言いながら守ってくれたときは
この時間が永遠に続けばいいのに、、と思った。

その後もその店には何度もお世話になった。
店員さんの接客が丁寧かつフレンドリーで楽しく、
大勢でも二,三人ででも居心地の良い
うちの大学でも3本の指に入る大人気店だった。

そんな、私の大学生活の大事な数ページを担ってくれた店が
世の中の不条理に負けたのかと思うと、
ただの行きつけを一つ失った以上の感情が
胸をぐわっと揺さぶった。

まさに第二のふるさと、
もしかしたら第一のふるさとよりも思い入れが深いかもしれない。

生まれ育った地元には大して執着はないが、
自分が初めて一人で暮らした街に
こんなにも心囚われていることに幾分驚いた。


このご時世、大学生の生活様式も
私の頃とは違っているのだろう。
私たちが笑って騒いで燥いでいたあの街は
こうして少しずつなくなっているのだろう。

時が経てば街も人も変わることは分かっていた。

それでも、こんなにも早く終わりが来るなんて、
まるで私たちが大人になるのを急かすかの様に
意地悪な風が大事な故郷を荒らしに来た気がして、
そんなに急がなくてもいいじゃないかと
言ってやりたい気分だった。

本当は、終わりではない。
街にとっては、変化だ。
これまで刻んできた歴史のうちの、ある一つの変化に過ぎない。

でも私にとっては終わりだ。
学生生活が終わり、思い出になった。
それを象徴するように、あの店は骨組みだけそのままで内装も外装もガラリと変わってしまった。


余韻に浸る間も無く消えてしまった一つの大事な場所が、
確かにそこにあったこと。

本当は消えたのではなく、
今も、形を変えてそこにあること。

そんなことを書き留めておきたくてこのnoteを書いている。


あの日のトマト鍋の香りも味も、
全てを閉じ込めておくことはできないけれど、
いつかこの記事を読んだ未来の自分や
同じような思い出を持った誰かが

大切な記憶を憶い出すきっかけになればいいなと思う。


文字にして閉じ込める。
この場所はどうか、吹き荒れる風に急かされることのないよう。



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