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『カカシの(探偵作家)警備員』

今日は一日雨だった。

俺は正式に認可を得ている探偵だけれども、事務所を構えてまだ一年。依頼はそうそうこないので物書きも兼任している。けれどメインはほとんど警備員。そんなオレの今日の仕事はビルの解体現場での、一人での警備の仕事だった。

週末という事もあり、人影はまばら。オレはほとんどカカシとなって、ビルを解体した瓦礫が歩行者に当たらないよう周囲に気を配った。
簡単な仕事ではあったから、カカシと化したオレはずっとずっと考えごとをする事で一日を終えた。

今日は一体、どんな事を書こう。
今日は一体、どんな話を書けるのだろう?

オレはカカシではあったけれど、考え事をしながらも、警備の仕事を怠らなかった。
左右から人が来ないか?頭上から落下物が落ちて来ないか?
おおよそ二秒ごとに頭を振るカカシと化したオレを、他人は時折訝しげに見ていたけれど、オレは気にはしなかった。
何故ならこれがオレの仕事だから。

幾つもの物語が頭の中から涌き出て、消えた。オレはもう、四十代後半だもの。物忘れも多い。スマホで二秒前に何を調べようとしていたか?そんなことすら忘れる。言葉もたくさん忘れた。あれは一体何というのだっけ?
物忘れしたまんまの頭の中で、オレは書き物を始める。言葉を忘れていても、直ぐにオレの頭は物語で一杯になる。忘れさられていた古い記憶が、脳みそのヒダからずるずると引き出され、二十年以上使っていなかった言葉がポンと甦る。そうやってオレは物語を続ける事が出来る。けれどそれは断片的で、脈絡のない物語の連続でしかない。

雨に濡れた、薄ら暗い灰色の街中に佇み、歩道の左右と崩れかけたビルの屋上を代わる代わる見上げる。

仕事が終わった。今日は日銭を稼ぐ事が出来た。考え事がオレにとっての天職に思える瞬間だった。

オレにはたった一つの長編が書けない。無数のありふれた、小さな小さな物語しか書けない。けれどオレは長編を書きたいと思った事は一度もない。子供の頃から、一枚の写真のような断片的な物語をずっと頭の中で書いてきた。

今日一日の仕事は、明日一日の仕事と何も変わらないだろう。
けれど一度として、オレは同じ物語を書くことが無いから不思議だ。


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