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『花の物語』

空からひとしずくの水滴がポトリと落ちた。

大地にぶつかり、衝撃を受けたひとしずくは、握りしめた拳を開き、花の姿となって波紋を広げ、半分はナノミリグラムの霧になって大気に溶け込み、残りの半分は土の中へと染みていった。

その土から植物が芽生えて花を咲かせると、デジャブのように同じ事が繰り返された。

花から種子が、ポトリと落ちた。

大地にぶつかり、衝撃を受けた種子は、籠った殻を破り、根を流れる水のように張り巡らせて、枝葉を拡げ、葉を散らし、落ち葉は大地に溶けこみ、酸素を大気に排出した。

デジャブのように繰り返される時が、逆回転された。

僕は朽ち果てかけた老木で、もうすぐ息絶えるのだけれど、孤独になる前は、まだ巣立つ前の子供たちに囲まれて賑やかに過ごし、僕は恋に落ちたのだった。

甘酸っぱい思春期を過ごす前は、雲の形も目に見えない風も緩急をつけて流れる水も、水に削られ姿形を変える大地も、何もかもが新鮮で目新しく、僕の存在自体がギューっと一つの種子に凝縮されていた。

今、花の命が終わる。エネルギーの残滓を散らして。

いつか一本の老木として朽ち果てる運命にある僕は、散りゆく花の物語の結末に想いを寄せる。

小さな萌芽として、愛されたことを。
花となって、愛し、愛されたことを。

散りゆく花の想い出は、消えそうで消えない。

写真 小幡マキ 文 大崎航




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