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いつか海に還りたい #日記26

童謡の「浜辺の歌」が好きだ。というより、海が好きなのだ。
砂浜や防波堤をぽつぽつ歩いたり、そこに腰かけて海原をぼうっと眺めていると、寄せては返す波のようにさまざまな記憶が浮かんでは消えていく。

かつて海のある街に住んでいた。私は海に向かうのが好きで、特に何をするでもなく防波堤に腰かけるのがお決まりだった。悲しいことがあった日も嬉しいことがあった日も、そうするとなぜだか全てが凪いでいった。思春期の日常に訪れるあらゆる激情も鳴りを潜め、潮風によって自分のからだの形に沿うように撫で付けられてじんわりと染み込み、いつしか私の一部になっていくのだった。

海のない街に住むようになって、より一層海への想いが特別なものになりつつある。久しぶりに海を眺めたら、ささくれ立った心が潤いを取り戻した気がした。

雨の日も晴れの日も同じようにそこにあり、嵐に荒れ狂ったとしても、また翌朝には普段と変わらない穏やかな姿で、ただ満ち引きを繰り返している。遠く離れた地からこうして思いついたように訪ねてきた者であっても、同じ顔で出迎えてくれる懐の深さがあるのだ。私というちっぽけな人間がちっぽけなことに囚われてあくせくしているそのそばで、ただ悠然とそこにある存在。あー、こんなに悩んで苦しんで何してんだろ。なんかどうでもいいし、どうにだってなるか。──海に向かうと、いつだってそんな気持ちにさせられるのだ。

いつか一生を終えたらば、その時は海にいくらか散骨してほしいと思っている。いまの私は未熟すぎて、自分のままならなさに振り回される情けない有様だけれど、これから続くであろう数十年で目指すものがあるとしたら、私は海のような人になりたいと思う。

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