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中3で談志師匠に会えて

今年は不思議と女優の方々が書いたエッセイ本を読む機会が多い。そんな時は今の私が求めてるってことなんだろうかと思ったり。

樹木希林さんから始まり、加賀まりこさん、今は吉行和子さん。家には岸恵子さんと高峰秀子さんの本が待っている。

加賀まりこさんの本『純情ババァになりました。』の中にあった立川談志さんとの対談から、ある記憶を辿ることになった。

その対談で、上品の定義は「欲望に対して行為の遅いこと」とか、「よく言うんです。『俺は正しい人間だ』と。なぜならば、自分が間違っているかもしれないと常に思っているから」だから人の言うことを聞くようにしていると。

二人して共感し合いながらも上質で上品な会話だと感じた。話し相手の加賀さんも素晴らしいからなんだけど、端的な言葉で伝わってくる内容がずっと深くて、考えるために立ち止まりたくなる。

上品の話を読んでいると、ふわっと浮かんでくる記憶があった。思い出し始めると鮮明になってきて、私の中で大事にしている記憶を辿ってみる。

それは、中3の時の修学旅行。場所は東京だった。宿泊したホテルでなんと立川談志さんに遭遇した。

私の記憶では、エレベーターの前で遭遇して
「え、談志師匠がいる!」
と隣にいる友人にこそっと伝えると、
「え、だれ?!」と言われて
「いやいや、落語家の!」
「いや、知らんわ」
「うそやん!M-1の審査員もしてたやん!」

目の前で異彩なオーラを放つ談志師匠を前にして興奮しているのは私だけみたいだった。

エレベーターが来ると、当然のように小さな箱の中に談志師匠と一緒になった。
すると談志師匠が
「修学旅行ですか?」と話しかけてくれた。
「はい、そうです!」
「どこの学校?」
「神戸にある親和中学校というところです」
「そうか。みんな礼儀正しいね」
一瞬言葉が入ってこないくらいあまりにナチュラルに褒めてくださった。理解してすぐに
「ありがとうございます!」と伝えた。

と思う。
文字にしたことがないから詳細な記憶は自信がない。ただ、確実に覚えている出来事がある。

それは後日、担任の先生が
「立川談志さんがうちの学校の生徒たちが礼儀正しくて気持ちが良かったと褒めてくださったそうです」
と言ったこと。
正直お褒めの言葉は一言一句は覚えていないけど、先生が話してくれたのは確実で、中3ながらに考えた。
談志師匠はわざわざホテルの方に伝えてくれたということかと。じゃなきゃ先生の耳には入らない。

この一連の出来事が私の中でとても大事な記憶になっているけど詳細な部分は妄想の可能性があるため、あの時エレベーター前で隣にいた友人に確認してみた。

するとその友人の記憶では私はエレベーターに乗らなかったらしい。談志師匠と話した記憶がある私が恥ずかしかった。でも乗ったかもしれないという話にもなり、記憶の曖昧さが露見しただけになったけど、その友人はすごいことを覚えていた。

ホテルを出てからわざわざ談志師匠が追いかけて、先頭にいる担任の先生と旅行社の人に直接お褒めの言葉を伝えたらしい。
「何度も泊まってるけどこんなに楽しい学生は初めて。こんな学校を受け入れるホテルも素晴らしい」ということを言ったらしい。

記憶の真実はもはやわからないけど、もう一人の友人にも聞いて二人とも共通して覚えていたのは、談志師匠が褒めてくれたということ。

ここまで来るとまだまだ知りたくなり、当時の担任の先生にも聞いてみた。

さすが先生。真相がすぐはっきりした。
向かってくる談志師匠に直接言われたのは先生ではなくその時の旅行社の人で、「修学旅行はうるさいけど、ここは行儀がいいですね」とか「上品ですね」とか言われたんだそう。
それを先生は私たちに伝えてくれたんだ。

中3の私は談志師匠が褒めてくれたようなことには及んでなかったし、今でも反省するような経験も多々ある。そもそも私一人に対して言われたことではなく、学生全体を見て感じてくれたことだと思うけれど、不思議なくらい私の人生に影響している。

ちょっとした何気ない短い時間だとしても、人に伝わるものがあると初めて実感した経験だったからかもしれない。

もしその瞬間良くない伝わり方をしていたら、談志師匠の気分を損ねた可能性もある。
損ねずとも無関心だったかもしれない。

何より、学生たちから感じたことを、ご丁寧に人に伝える談志師匠の懐の深さ。
今だからこそわかる凄みを感じる。

私はたぶんその言動に影響を受けていて、だからそのことだけはしっかり人生に刻まれている。

自分が良いと感じたことを自分の中で収めず、人に伝えること、これをどこかで意識して生きようとしているのかもしれない。
それくらい談志師匠の言動に感動した2004年の私だった。次の年からあることを一新させてみたり、この変化に談志師匠の言動の影響がゼロではないと今だから思える。

あれからちょうど20年経つらしい。
もうこの世に談志師匠はいないけど、良い影響を私の人生に与えてくれたことに改めて感謝したい。

20年経った記憶を確認できる人たちが周りにいることもありがたいなぁ。

まさか一冊の本からこんなに記憶を辿る旅ができるなんてね。思い出すっていいなぁ。

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