ハロウィンの悪霊
夜の10時。今日もいつものように残業だ。
疲れた身体で駅構内を歩いていると子供連れの親子を多く見かける。
夜もいい時間なのになんでこんなに子供がいるんだろう、と思っていると、白いシーツのようなものを上から被った子供が僕の横をかけていった。そうか、今日はハロウィンか。
ハロウィンというのは本来、あの世とこの世が繋がる10月31日に、悪霊たちに子供たちを連れ去られないように逆に悪霊の格好をしたりして追い払うと言うのが起源だそうだ。
だが現代日本、そんな意識をもってコスプレをしている人なんてほとんどいないだろう。
子供たちがはしゃいでいるのを横目に駅を出て住宅街に出る。どうせ独り身には関係のないイベントだ。親子連れや若者達がちょっとだけ眩しい。
沈んだ気分で一人帰路を歩く。駅前とは違い住宅街は閑散としていた。
寂しい街灯の下を歩いていると、3人の子供たちが向こう側から歩いているのが見える。疲れてかすんだ目をよく凝らしてみると3人ともコスプレをしているようだ。カボチャ頭、魔法使いに……スパイ?
黒いスーツに身を固めた男の子だ。最近はこういうのもあるのか。そういえばスパイもののアニメが流行っていた気がする。
僕にもこうやってはしゃいでいる時代もあったな、と感傷に浸っているとかぼちゃ頭が話しかけてきた。
「トリックオアトリート!お菓子くーださい!」
知らない人に話しかけても無視をしろ、と教えられているこの時代にまさか子供たちの方から話しかけてくるとは思わなかった。
僕がたじろいでいると、「おじさん、お菓子ないの〜?」と魔法使いの女の子がせがんでくる。
そういえば、町内会のチラシに子供たちが家に訪問に来るのでお菓子を用意してくださいって書いてあったっけ……
自分には関係ないと思っていたし、当然そんなものは用意してない。最近は会社を行き来するだけの毎日だったので、こういった季節物の行事に疎くなっていたのは反省だ。
「すまない。今ちょっと手持ちがなくてね」
そう答えると子供たちが困ったように顔を見合わせる。
しまったな。子供たちの夢を壊してしまった。しかしこの子達はどうするのだろうか。
お菓子をくれなかった相手にはイタズラするのがハロウィンの決まりだ。しかし、お互い今まで顔も見知らなかった相手。
いくらなんでもハードルが高すぎるだろう。というか現代日本で大人が子供にイタズラを強要する、なんて通報されたら即逮捕案件なのは間違いない。
仕方ないからコンビニに寄って何か買ってこようかな、と疲弊した頭でぼんやり考えていると1番年上らしいスパイの男の子が前に出てきてこう言った。
「お菓子をくれなきゃ〜?」
手には銃が構えられている。
「お前をころす。」
え、と言う間もなく
ズドン
という音がした。
一瞬意識が遠くなっていた。気づくと僕は地面に突っ伏していた。
「こら!アンタ達なにやってんの!」という声が頭越しに聞こえてくる。倒れたまま顔だけ動かして見ると、黒い長髪にとんがったボウシを被り、大きなローブを着た妙齢の女性がいた。恐らくこの子達の母親だろう。
スッと立ち上がって自分の身体を確認する。
顔には血糊らしき物体がべっとりと付いていた。なぜだか身体が何やら軽くなっているのを感じる。
「すいません子供たちが……」
「いえ、いいんです!僕もせっかくの子供たちの行事を把握してなかったのが悪いので……それにしてもその銃、すごくよく出来てますね。お母様が作られたんですか?」
「ええ、でも知らない人には撃っちゃダメだって教えてたんですが……ほら、アンタたちも謝んなさい」
ごめんなさい、と子供たちが頭を下げてきた。
いいよいいよ、全然気にしてないよと手を振って返事をしてやる。なんだか気分が、脳が軽くなっていた。
「せっかくなのであなたもハロウィンに参加していって下さい」
そう言って母親は子供たちを連れて去っていった。
なるほど。確かに、たまにはこういう行事に参加するのも悪くない。着ているのはただのスーツだが、今ならゾンビのコスプレとしてごまかすこともできるだろう。
それに、どうせ街中には悪霊もコスプレした人間もみな見た目ではわかりゃしない。
気分を良くした僕は踵を返し、にぎやかな駅のほうへ再び向かっていった。
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