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◆読書日記.《水波誠『昆虫――驚異の微小脳』》

※本稿は某SNSに2019年7月18日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。

 水波誠『昆虫――驚異の微小脳』読了。

水波誠『昆虫――驚異の微小脳』

 当然だが、昆虫にも小さいながら脳がある。

 1立方ミリメートルにもみたない容積しかないこの昆虫の脳はどの程度の能力が秘められているのか、実験によって明らかにするのが、著者の専門分野である神経生物学。

 2000年代になってこの昆虫の脳の解明が飛躍的に進んでいるのだそうだ。

 本書は、そういった「昆虫の脳科学」についての最新研究成果を紹介する本である。

◆◆◆

 著者は昆虫の脳に「微小脳」という名称を与えたことでも有名な北海道大学理学研究院教授。

 現役研究者ということで、本書では自分の実施している実験や、この分野での著名な研究成果を具体的に説明し、昆虫の脳の働きや構造を解説している。

 人間と昆虫の脳の能力の差を著者は「スーパーコンピュータとノートパソコンの差のようなもの」だと説明している。

 昆虫などの微小脳を構成するニューロンはせいぜい100万個程度かそれ未満。それに対して人間のニューロンは一千億個に達する。
 これだけの差はありながらも微小脳は非常に優れたパフォーマンスを発揮する。

 例えれば、微小脳はあらゆる汎用的なニューロンの使い方の可能性を切り捨て、超ハイコストパフォーマンスを実現している脳なのだと言える。
 実に無駄なく効率的に脳領域を使おう、という傾向で進化してきているようなのだ。

 本書では、その研究が進んでいる昆虫の脳科学によって理解された能力を解説している。

 例えば、昆虫も「パブロフの犬」のような「古典的条件付け」が成立することが近年分かっているのだという。
 日本の研究者・桑原万寿太郎がミツバチにある特定の匂いを嗅がせてから砂糖水を与えるという訓練を行った結果、特定の匂いを嗅がせただけで、ミツバチは吻を伸ばして砂糖水を飲もうとする行動を起こす事を発見している。

 これからも分かる通り、昆虫は条件反射だけでなく動物と同じような「学習能力」があるし、その学習内容を一定期間覚えているだけの「記憶力」も存在していることがわかっているのだそうだ。

 ミツバチはそれだけでなく、大まかな図形のパターンが識別でき「カニッツァの図形」として有名な錯視図を人間と同じように錯覚することもあるのだそうだ。

 これら昆虫の有する微小脳の視覚や嗅覚、飛行能力(運動能力)、記憶能力、学習能力などについてどのレベルの能力があることが分かっているのか、そしてそれは哺乳類とどの程度の差と共通性があるのか、というのを本書では具体的な実験内容と共に紹介しているのである。

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 人間と動物と昆虫と植物と……と比較してみても、つくづく思うのは、人間が他の動物たちに比べて絶対的に優れているという根拠などないのだなあということだ。

 人間の脳の性能の高さが即「良い」などという事はない。
 人間の脳は、あまりに高性能でもはや「生きるため」には関係のない、あらゆるムダな知識や思考や欲望が異常発達しているかのような進化を遂げていると言える。

 それが果たして、良い事なのか悪い事なのか。

 進化と発展のすえに環境を破壊して、あげく地球を生物の住めない場所にしてしまったとしたら、何をもってして人類の脳が「最も優れている」と言えるのか分かったものではないだろう。

 昆虫の能力については人間よりもずっと優れた部分があるし、個体数や種類の多さは地球随一と言っていいほど存在している。
 地球に占める体積量も、最も多い生物は植物であって動物ではない。

 人間は、いったい何をもって優れた種だと思っているのだろうと思う。何をもってして、どんな生物よりも「栄えている生物だ」という気分になっているのだろう。

「脳の能力」という一点から言っても、昆虫の「微小脳」の"効率性"は哺乳類よりも優れている。
 それは「哲学」や「美術」のようなものの必要のない、正にコンピュータのような無駄のなさなのである。

 逆に言えば人間の脳の優位性というのは、その「無駄なところ」にこそあるのかもしれないし、きっとそこにしかないのだろうと思う。

 岩明均の『寄生獣』の最終回、人間について「人間外」から批評するかのような生き物であったミギーが最後に漏らしたセリフが思い浮かぶ。
「心に《余裕|ヒマ》がある生物 なんとすばらしい!!」

寄生獣・心にヒマのある生物


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