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◆読書日記.《オスカー・ワイルド、戯曲『サロメ』》

※本稿は某SNSに2021年9月10日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。


19世紀の作家オスカー・ワイルドの代表的な戯曲『サロメ』読了。

オスカー・ワイルド、戯曲『サロメ』

 装画にオーブリー・ビアズレーを配した岩波文庫版。
 新約聖書の内、古代イスラエルの領主ヘロデ王が洗礼者ヨハネを処刑した逸話を基にして、ワイルドが独自の観点で耽美的・頽廃的な世紀末文学として蘇らせた物語。


<あらすじ>

 その美しさで父王エロドさえも魅了する分領ユダヤの王女サロメ。

 彼女は月下の宴のさい、場を外して牢へ行き、囚われの身であった預言者ヨカナーンを見て恋に落ちる。
 
 ヨカナーンは王を、そして王の妃を批判する言葉を口にし王の妃エロディアスから嫌われていた。

 サロメはこの預言者の美しさを褒めたたえるが、ヨカナーンは「去れ!触るな!バビロンの娘、ソドムの娘!」と激しく拒絶する。

 ヨカナーンに拒絶されたサロメは、再び宴に戻り、父王からダンスをするように要求されて「7つのヴェールの踊り」を踊る。

 サロメは踊りの報酬として、ヨカナーンの首を所望するのだった。……というお話。


<感想>

 最近見ている、架空の大正時代を舞台にしたアニメ『MARS RED』の第1話で、非常に印象的な形で『サロメ』が使われていたので、このタイミングでワイルドの『サロメ』を読んでみようかと思った次第。

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 そんな経緯でたまたま読んでみた所、ワイルドがニーチェ(今年のぼくの読書課題だ)とちょうど同年代の作家と初めて知った。
 そして、ワイルドがニーチェと同じ年に亡くなっているという事も判明。
 色々と偶然が重なってくるものである。

 本作はシェイクスピアなどの戯曲と比べると「短編作品」と言えるほど短く、1幕仕立てになっている。

 世界的に読まれ、上演されている戯曲ではあるが、リヒャルト・シュトラウスの歌劇のほうが、ずっと多く上演されているという。
 さすがに一晩に上演される演劇としての物語としてはボリュームが短すぎるのかもしれない。

 この物語構造は比較的シンプルだし、ストーリーラインも非常にストレートである。

 特に19世紀末というのは本作のサロメのように「男を破滅させる女」という主題――つまりは「ファム・ファタール(運命の女)」という主題が流行っていたと言うそうで、ワイルドが聖書の一節を借りてきて、ヘロデ王を「エロド」に、ヘロデアを「エロディアス」に、洗礼者ヨハネを「ヨカナーン」に変えて「別の架空の物語」として、ヨカナーンを殺してでも自分のものにしようとする悪女サロメの物語にしたという、その狙いは何となく理解できる。

 聖書のほうでは、王に対してヨハネの首を所望するようにサロメに命じたのは王妃のへロディアのほうであった。
 だが、ワイルドの本作においては、サロメが進んで預言者の首を王に所望するというストーリーに変わっているのである。

 聖書の物語上は王妃へロディアの悪意のほうが強調されているものの、ワイルドのほうではサロメのほうを悪女として強調している。

 しかし、西洋絵画でも何故だかヨハネの首を持っているのはたいていの場合サロメだ。クラナッハもカラヴァッジョもティツィアーノも、洗礼者の首を持つのはサロメだ。

 確かに「洗礼者の処刑を王に求めるよう娘に命じた王妃」としての悪女の姿よりも、「銀の盆に洗礼者の首を乗せた美女」というイメージのほうが頽廃的な魅力を放っている。

 この「死と乙女」というテーマは、昔から好まれてきた題材だとも言えるだろう。
 案外ワイルドも「美女と生首」というこのイメージを成立させるために、遡及して「美女と生首」というシーンがラストに展開されるストーリーをくみ上げたのかもしれない。

 さて、今回ぼくが読んだ岩波文庫版はビアズレーの描いた挿画を全て収録している。ビアズレーは浮世絵にも影響された画家だというが、確かに彼の絵は平面的な作りをしている。

ビアズレー サロメ

 平面的で装飾的、非現実的な怪奇趣味で、その絵にはしばしば胸を開けた女性や男根を露出している男性が登場するものの、下世話な感じのない耽美的な作風なのが面白い。
 そういう雰囲気は、確かに本作のイメージにマッチしているが、ビアズレーの挿画はサロメの物語のシーンをそのまま再現するものではない。
 あくまで『サロメ』のイメージに触発されたビアズレーが、自分の怪奇趣味的世界観を独自に展開した「独立した作品」と言えるだろう。

 ビアズレーの挿絵は『サロメ』の物語を補完するものではなくて、一般人が持っていた聖書のサロメ物語のイメージを覆し、ファム・ファタール的なイマジネーションへと解放する触媒のような役割を負っていたのかもしれない。


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