『ますをらぶり?』第六回──女子高生、実朝を読む。

前回分は上リンクよりお読み頂けます。

「あたしから良いかな?」
 ユイが頁に貼つてゐた付箋をフライドポテトの入物に付けながら言つた。
「この小説つて聖徳太子のことがよく出て来るでせう? ここがまづ気になつたんだよね。」
「確かに度々言及されるよね。吾妻鏡にも記述があるから実朝と聖徳太子に関係が全くないと云ふことはないんだらうけど、目立つよね。」
 アオイはさう言ふと文庫本を逆さにして机に置き、ドリンクのカップに口をつけた。
「それでピンと来たものがあつてね。厩戸王子(うまやどのおうじ)を描いた山岸凉子と云ふ人のマンガで『日出処の天子』つて云ふのがあつて、あたしはこの太宰治の『右大臣実朝』は、『日出処の天子』と同じことをしやうとしたんぢやないかと思ひながら読んでたのね。」
 これがその『日出処の天子』なんだけど、とユイは持つて来てゐた鞄から大判の本を取り出した。
「ユイちやんは太宰が『右大臣実朝』で描き出さうとした実朝の姿と、この山岸凉子が『日出処の天子』で描き出さうとした厩戸王子の姿は同じとか似てるつて思つた感じ?」
「さう、これを語つてゐる人が実朝を神々しい人として色々な伝説を伝へるでせう。あの辺りを似てゐるやうに感じるんだよね。」
 ユイの感想を聞いたアオイは、なるほどとマンガの表紙を見つめる。白地に箔押しの「日出処の天子」と云ふ文字が両サイドにあり、中央に妖艶な微笑みを浮かべる厩戸王子が刀を持ち、流し目に佇んでゐる。
「一寸見ても良い?」
 二人の会話を聞いてゐたユズコが机上で今一番大きい本を指さして云つた。はい、とユイが手渡すと連動して表紙を見つめてゐたアオイの視線もユズコの方へ向く。アオイに顔を見られてゐることも知らないでカラー頁を繰り、作品世界をパラパラと眺るユズコを見ながらアオイは面白い指摘だと思つた。
「面白い指摘だと思ふ。私もこの小説で度々厩戸王子の話が出て来ることは引掛るポイントとして見てゐたけど、さうか厩戸王子と重ねて実朝を描かうと云ふ発想は納得できる。」
「やつぱりさうだよね! 厩戸王子が出て来る部分気になるよね。」
 ユイは少し興奮気味にアオイの方へ顔を寄せた。
「うん。私が気になつたのはね、実朝つて前にも言つたやうに歌人としても後世名を残す人で、その和歌の師匠と云ふか影響を受けた人物として藤原定家がゐるんだけど──」
「テイカ?」
 マンガの頁を繰つてゐたユズコが素頓狂な声を出したので互いの顔を見合せながら話してゐたアオイとユイは、その方を思はず見た。
「知つてる?」とアオイ。
「テイカ……サダイエと書くテイカ?」マンガを閉じ、確認する声音でユズコは開いた。
「さうさう、サダイエとも読むけどテイカの読み方の方が一般的な感じのする定家だよ。」
「あれだよね、あの、百人一首を作つた人。」
 さう藤原定家はカルタで有名な小倉百人一首を編んだ人物で、
「それから古文の授業に出て来たりする新古今和歌集をまとめた人でもあるの。正確にはまとめた一人と云ふのが正しいと思ふけど。さういふ定家に実朝は影響を受けてるのね。それは実朝が和歌を作り始めた年と新古今集完成の宴が催された年が同じと云ふ所からも分るやうな気がするけど。」
 ユズコが頷きながら机に体を預けてアオイの顔を見つめる。
「影響を与へた定家に就ての記述が前半は殆どないのね。代りかだうか分らないけど厩戸王子の記述が多い。これは実朝の意識が定家より厩戸王子の方に支配されてゐたからと云ふよりも、実朝の伝説を語る元従者、そして太宰治が実朝に厩戸王子を惹きつけて書いてゐるんだと思ふ……つまりユイちやんの云つた考へは正しいやうに私には思へると云ふことなんだけど。だうだらう?」
 アオイの話を聞いて最後に問はれた二人は納得した風情で、ふむふむと頷いてゐる。
「あたしは漠然と思つてゐたことが説得力を持つて嬉しい。」
 さう云ふとユイは思はづ照れて、視線をアオイとユズコの座つてゐる間の中空へ移してドリンクのカップを取つて飲んだ。

続きは下リンクにてお読み頂けます。


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