『ますをらぶり?』第四回──女子高生、実朝を読む。

前回分は上記でお読み頂けます。

 読書会の前日と云ふことで気分がソワソワしてゐるのだらう。ユイは自室の本棚を整理しながらユズコとスマホで通話してゐた。その本棚に詰つてゐる本の多くはマンガで、マメなユイは出版社別、雑誌別の作家五十音順と云ふ本屋と同じ並べ方を忠実に守つてゐた。
 今日は気分転換に出版社、雑誌別の並びを全てバラバラにして、ただ作家の五十音順に並べ替へやうと考へてゐた。
「だうして本棚をよく入れ替へるの?」とスマホからユズコの声が聞いた。
「埃が積るから定期的に本棚を整理しなきやなんだよ。もしかしたら要らない本が出て来て棚にスペースが出来るかも知れないしね。」
「ふうん。」
 ユイの本棚はパンパンと云ふほどではないけれど、マンガが隙間なく詰られてゐた。スペースが増れば、それだけ新しいマンガも買へる。新刊が次々出てテンテコ舞ひにならないやうに気をつかふのもマメなユイゆゑであらうか。
 片手で取らうとした『風と木の詩』と云ふタイトルの十巻本が案外手に余り、束をバラバラにしないやう両手で持ち上げ、「実朝は? 読み終つた?」と聞いた。
「読んだよ! 終りがさ……危い危い読書会で話すつもりのことを今話しちやう所だつたよ。」
 ユズコの愉快気な声を片耳に十巻本を谷口ジローと云ふ漫画家の本の横へ据ゑた。
「随分楽しみにしてるんだな。まああたしも楽しみだけど。こないだの会が良かつたし。」
「さうさう! それに今回はアオイちやんが積極的に紹介してくれた本でせう? 余計に嬉しいんだよね。私たちだけが楽しんでるんじやなくて、アオイちやんも楽しんでくれてるんだつて実感出来たみたいな?」
 ユイは本棚の一寸したスペースに置いたスマホを取つてユズコのアイコンを眺た。ユズコのアイコンはユズコとユイが一緒に映た写真の半分である。
「本当に楽しみだね。」とユイが言つた。
 丸いアイコンの淵が緑に光つて、ユズコの「本当にね。」と云ふ声が聞えた。
「ユズは今何してるの?」スマホを元の位置に戻し、棚の上方を見上げながらユイは聞いた。
「今? 今はね、ネットで実朝の和歌を調べてる。」
「へえ、良い歌はあつた?」
「うーん。あ、これとかだう?」

うき波の 雄島の海人(あま)の 濡れ衣(ごろも) 
濡れるとな言ひそ 朽ちは果つとも

「どんな意味の歌なの?」
「意味? ……意味ね……これだ! えつとね。〈海面の浮き波が、雄島の漁民の衣を濡らすやうに泣き濡れたと言つてはいけない。たとへ恋ひ焦れて死なうとも〉だつて。」
「めちやくちや悲しい歌じやないか!」
 ユイは思はず大きな声が出た。
「確に悲しい歌だつたね……じやあこつちは?」

もののふの 矢並つくろふ 籠手のうへに 霰たばしる 那須の篠原

「〈もののふ〉つて何か聞いたことあるな。これはだういふ意味なの?」
「これはね、〈武将が仮装束に身を包み、矢を整えている。その籠手の上に霰がこぼれ散って音を立てる。ここは武士たちが勇壮に狩を繰り広げる那須の篠原だ〉だつて。」
 ユイは気がつくと本棚を整理する手を止めてユズコの話す実朝の歌に耳を傾けてゐた。
「何だか武士つて感じの歌だね。」とユズコのアイコンが光る。
「うん、厳つい男たちがノソノソ動く中で霰の砕ける音が際立つてゐる感じがする。」
 ユズコとユイの和歌の鑑賞はしばらく続いた。
 読書会前日の夜、ユズコもユイもアオイもそれぞれに感じ入りながら実朝の歌を実朝と云ふ人を鑑賞した。そして読書会當日の太陽が昇るのだつた。

次回から読書会本番です! 下リンクにてお読み頂けます。
次回もよろしくお願いします。 織沢


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