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短編小説『オリンピックしね。』

 オリンピックなんて嫌いだ。

 子供の頃から運動が苦手だった。体育の授業や運動会が嫌で嫌で仕方なかった。運動ができる子が人気者になる原因の一つ、そして私の黒歴史の元凶が、オリンピックなのだ。
 次はこの国でオリンピックが開かれるらしいけれど、ニュースで目にするのは予算が足りないだの競技会場が決まらないだの、マイナスなものばかり。政治に利用されてるなんて話も聞く。
 選手たちはどんな気持ちなのだろうか。周囲の思惑にさんざん振り回されて、期待と声援という名の過剰なプレーシャーを背負わされる。それが力になる人もいるのだろうけど、中には重荷にしかならない人もいるんじゃなかろうか。
 それなりの結果を残せた時は、まだいい。残念な結果しか残せなかった選手に、世間は恐ろしいほどに冷たい。冬季五輪だけに、なんて冗談も言えない。
 こんなことに莫大なお金を注ぎ込むなら、もっと使うべきところがいくらでもあるだろうに、なんて思ってしまう。
 そんな大嫌いなオリンピックなのに——いま、私はこの日のために新調した大画面テレビに映し出される選手たちを、ビール片手に眺めている。

 ──また、いつもの揉め事が始まる。そんな予感がした。

 隣では、住処を同じにする男が、テレビに釘付けになっている。隣に座る私なんて、存在しないかのように。
 そうだ。私は何よりも、お祭り好きなこの人の視線を盗られるのが、たまらなくイヤだったのだ。
 テレビでひときわ大きな歓声が上がる。反射的に視線を向けると、日本人選手が最高得点を出したらしい。実況のアナウンサーが解説そっちのけで興奮しながら何かを喚いている。
「見たか、いまの」
 そう言ってこちらを振り返った男は、子供みたいにキラキラと輝いた瞳を私に向ける。こんな至近距離で見つめられるのは本当にひさしぶりで、年甲斐もなく気恥ずかしくなってしまう。
 私と同じく運動音痴で、スキーすら一度も行ったことがない。ウィンタースポーツのルールなんてろくに知りもしないのに、画面の向こうの真剣勝負に一喜一憂する。普段は滅多に笑わないこの人が無邪気に喜びを顔に出すその様に、私は思わず苦笑してしまう。

 オリンピック、嫌いだったはずなのに……なぁ。

 私も密かに心躍らせながら、姿勢を正してテレビに向き直る。いつものように、この人の隣で。
 見つめ合うんじゃなくて、並んで同じ方向を見る。そんな時間が当たり前になって、どれくらい経っただろう。ずいぶんと前に家を出た息子も、いまごろ愛する人と同じようにしているのだろうか。

「どうした?」
 一言も声を発していなかった私が気になったのか、夫がこちらを覗き込んでくる。こういうところは昔から変わらない。
 残ったビールをぐいっとあおり、なんでもない、と小さく首を振る。ほんとうになんでもない。なんでもない、いつもの毎日。
 新しいビールの栓を勢いよく開け、あらためてテレビに集中する。始まる前は、色々と不満たらたらなのに、いざ始まってしまうとそんなことすっかり忘れて夢中になってしまう。そんなずるいところもこの人と似ている、なんて。
 まあ、せいぜい楽しむとしましょうか。
 オリンピックだしね。

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