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短編小説『左利きのアナタ』

「私はアナタが好き」
 今日も私は、そうやってアナタに右手を差し出す。

 左利きのアナタが好き。こちらが右の手を掲げると、同じように左の手を返してくれるアナタが好き。指先がそっと触れる。少しひんやりとした感触がする。そんなときいつも、薄い膜のようなものが私とアナタの間にあると感じる。そんな瞬間は嫌い。

 私と似ているのに、どこか違うアナタが好き。何も言わずとも、アナタのことはわかっている。そう実感できるひとときが好き。けれどもときどき、まったくアナタがわからなくなる瞬間がある。それは嫌い。

 今日は少し寝不足で、化粧のノリが悪い。アナタの顔を見ると、同じように肌の調子が悪いとわかる。当然だ、昨晩は一緒に夜更かしをしていたのだから。

 昨日は一度もアナタの顔を見なかった。久しぶりというほどでもない見慣れた顔は、それでもどこか新鮮に感じて、無意識に頬が緩む。アナタも同じように笑った。

 じっと、アナタの瞳を見つめてみる。大きな黒目の奥に私の瞳が映る。その瞳のさらに奥にはアナタの瞳が映っている。永遠に交差し続ける私とアナタの視線。私の世界には、それしか存在しない。

 アナタを見ていると、辛くなるときがある。なんて自分はちっぽけな存在なのだろうと、思わず目を背けたくなることがある。実は、いつもそう思っている。

 なぜ、アナタは涙を流しているのだろう。何か辛いことでもあったのだろうか。わからない。わかっているけど、わからない。この瞬間は嫌い。

 私は、本当にアナタが好きなのだろうか。そんなことを考える私が嫌い。私はアナタをずっと好きでいたいのに。

 戒めのように、呪いのように、私はいつもの言葉を紡ぐ。

「私はアナタが好き」

 今日も私は、『鏡』に向かって右手を差し出した。

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