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ショートショート『覚醒するコーヒー』

「コーヒーに覚醒作用があるのをご存じですか?」

 朝起きたときとか、午後の眠くなる時間帯とかに重宝してるな。
「こちらのコーヒーは、もっと覚醒できるんですよ」
 どういう意味だ?
「飲むと、さまざまな『能力』に目覚めるんです」
 能力?
「はい。しかも、豆によって覚醒する能力が変わりまして」
 どんな能力なんだ?
「本日のあなたですと、こちらの豆をネルドリップで淹れれば、今日一日は『犬のフンを踏まない』能力が覚醒するでしょう」
 能力ってわりには、かなりしょぼいな。
「まあ、そこは手軽さと引き換えということで」
 本日の、とか、ネルドリップで、とか言ってたけど、もしかして日や淹れ方によっても変わるのか?
「その日の天候や飲む方の気分に体調、コーヒーの抽出方法の組み合わせ等で、微妙に能力が変わるようですね」
 そりゃあ、把握するだけでも大変だ。
「なにせ覚醒する能力が些細なものですから、私もまだほとんど調べきれておりませんで。こちらのランダムメニューは、そういった検証を兼ねておるわけです」
 なるほど。料金も安めだし、何が起こるかわからないというのもワクワクするな。
「これまでの傾向から、マイナスの効果は出てこないようですので、安心してご利用ください」
 ひとまず、さっきのコーヒーを試してみるか。

 オリジナルブレンド?
「はい。先日からはじめました」
 これまでのコーヒーと何が違うんだ?
「異なる能力覚醒作用がある豆を組み合わせることで、新たな効果が発揮されることがわかりまして」
 たとえば?
「本日のあなたですと、こちらの豆を単独でペーパードリップ抽出することで、『30回に1回の割合で簡単な未来予知ができる』コーヒーになるのですが」
 なんとも微妙な的中率だな。
「この『ランダムで一度だけ時間が5秒止まる』能力が覚醒する豆とブレンドしますと、『ランダムで5秒先の未来予知ができる』コーヒーに変化するのです」
 ……変化しても、微妙なのはあまり変わらない気もするけど。
「5秒後では、覚悟もろくにできませんよね」
 しかもランダムじゃあ、緊急地震速報よりもひどいぞ。
「いろいろと試せば、もっと有用なものが見つかるかもしれませんので、期待しておる次第です」
 ランダムコーヒーのコーナー、すっげえ増えてるもんな。
「よろしければ、豆や粉の販売もしておりますので、ご利用いただいて効果を教えていただけますと幸いです」
 自分で淹れても効果があるのか?
「ええ。販売用に特殊な豆をご用意しております」
 じゃあ試しにいくつか買ってみるかな。あ、それとさっきのブレンドも淹れてくれ。

 喫茶コーナーを作ったのか?
「以前はカウンターでのご提供のみでしたが、このたびフードメニューを増やしまして」
 へえ、なんでまた。
「最近は覚醒する能力の質が少しずつ上がってきた影響か、材料にコーヒーを使うことでフードメニューにも覚醒作用を引き継げることがわかりまして」
 どんなメニューでもいいのか?
「それが、コーヒーの使い方によって効果の大小や内容が変化するので、調整が大変なのですよ」
 たとえば?
「こちらのコーヒーゼリーは、ほぼそのまま使っているため『じゃんけんの勝率がアップする』効果の割合が10パーセントから5パーセントになる程度なのですが」
 半分っていうのは、わりと微妙だけど。
「このカレーに隠し味として同じコーヒーの粉を入れたところ、勝率が下がるだけでなく『負けそうなときに5回に1回チョンボをする』という効果が加わってしまいまして」
 得なのか損なのか、わからん能力だな。
「これでもまだまともなほうでして。メニューに載っていない失敗作も山ほどございます」
 そこまで苦労したなら、ひとつ頼んでみようかな。
「ありがとうございます。ドリンクとのセットもございますのでよろしければ」
 違う効果のコーヒーとフードを一緒に食べたら、能力が変化したりしないのか?
「一度口になさったものでしたら、効果が混ざることもございません。複数の能力が使えるようになるだけですね」
 ふたつ以上の能力も一度に持てるのか?
「ええ。私も毎日『他人にコーヒーの効果を付与できる能力』や『豆や粉の状態でも効果を持続させられる能力』『相手の気分や体調を察する能力』などが覚醒するコーヒーなどを、毎日愛飲しておりますので」
 なるほど。こういったショップが開けてるのも、そのコーヒーのおかげというわけか。
「お客様もぜひ、自分だけの一杯を見つけ出していただけますと幸いです」
 すでに毎朝の習慣になってるけど、そろそろお気に入りを作ってもいいかもな。

「おひさしぶりですね」
 おいおい。いったいこれまでどうしてたんだよ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
 突然店に休業の張り紙なんてあるから、何が起こったのかと思ったぞ。
「実は、コーヒーの飲み過ぎで体調を崩してしまいまして」
 飲み過ぎ?
「店のために毎日摂取しているコーヒー以外にも、新しい豆やブレンド、フードメニューの開発などもございましたから。少々無理をしすぎてしまったようで」
 あー。言われてみれば、能力うんぬん以前にカフェインの取りすぎだよな。
「医者からもコーヒーを飲むのは当面禁止されてしまいまして」
 じゃあ、店は閉めちゃうのか。残念だなぁ。
「いえいえ。実は、このたびの一件で新たなことがわかりまして」
 新たなこと?
「そもそもコーヒー豆にさまざまな効果を付与していたのは、私がもともと持っていた能力だったようで」
 へ?
「店を開く以前からカフェイン中毒と言われるほどコーヒーばかり飲んでいたもので、てっきり豆のほうに原因があると思っておりましたが、調べてみるとコーヒー以外にも効果が付与できることを発見しまして」
 コーヒー以外?
「というわけで、本日よりショップを『フレッシュジュースバー』としてリニューアルオープンいたしました」
 それでこんなにミキサーが並んでるんだ。
「バナナや野菜などは、カフェインの副作用を抑制するカリウムやマグネシウムも豊富ですので、一石二鳥かと」
 同じように効果があるなら、これからはそっちを飲もうかな。ちょうど俺も中毒気味だったし。
「まだまだ始めたばかりですので、効果はコーヒー初期のころの微妙なレベルに戻っておりますが、これから改良を進めてまいりますので」
 無理をしないよう、ほどほどにな。

* * *

「いらっしゃいませ」
 あれ? コーヒーショップに戻したのか?
「あれからどれだけ試行錯誤を重ねても、能力がちっとも向上しないばかりか、日に日に効果が下がっていく有様でして」
 それで、あらためてコーヒーに立ち返ってみたと。
「ええ。この前偶然、私が初めて自分の能力に気づいた豆と再会したのがきっかけで」
 そんなコーヒーがあるのか?
「ええ。こちらの『幻覚を見せる能力』が覚醒するコーヒー豆です」
 は?
「もともと子どもの頃から愛飲していた品種だったのですが、店を始めてからは他の豆ばかり手を出してすっかりご無沙汰になっておりまして」
 なるほど、ね。
「初心にかえって、再度コーヒーを飲み始めましたら、能力も少しずつ戻ってきたようで」
 ……そういえば、コーヒーの過剰摂取って幻覚作用を引き起こすんだっけか。
「どうかしましたか?」
 いや、なんでもないよ。
「ただいま、リニューアルキャンペーンで全品半額サービスとなっております。いかがですか?」
 せっかくだけど、いまはカフェイン断ちしていてね。
「残念です。そういったお客さま向けに、カフェインレスコーヒーも開発したほうがいいかもしれませんね」
 ぜひともやるといいよ。あなたのためにも。

 ――たぶん、能力は覚醒しないだろうけどね。

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