見出し画像

ショートショート『唐揚げが好きなサンマ定食』

いや、嫌いなんですよ。本当に。

だってですよ。大して広くもないこぢんまりとした食堂で、久々に出番が来たかと勇んで参れば、それほど多くないテーブルのそこかしこに、見渡す限りの茶色い岩、岩、岩の山々。そりゃあもう、肩身が狭いったらありゃしません。
なるべく目立たぬよう、そっとお客さんのもとへ。ああ、店員さん。そんな乱暴に置かないで。

「やっぱりこの時期はサンマだよなあ」
うむ。このお兄さん、わかってますね。今時の若者も捨てたもんじゃないですな。
「なによ、ジジくさ」
ちょっと彼女さん、そんな言い方をしなくてもいいのでは? まったく、近頃の若いモンときたら。
「からあげ、おいしー」
隣のテーブルでは、両頬をぷっくり膨らませる女の子。母親が「こら」とたしなめます。
「お肉ばかりじゃなくて、たまにはお魚も頼みなさい」
いやいや、お母さん。あなたの目の前にあるのも唐揚げ定食ですよね。大人はいいって? そうですか。
「魚って、食べるのが面倒なんだよなぁ」
そこのおじさん、そうは言いますけどね。じっくり時間をかけて食べたほうが体にもいいですよ。ほら、ただでさえボリュームのある唐揚げ定食で大盛りなんて頼んで、そんなにがっつくから、ワイシャツのボタンが今にも弾けそうじゃありませんか。
「唐揚げ定食、ひとつ」
あなたもですか。唐揚げなんて、コンビニでも手に入るではありませんか。サンマはコンビニで買えませんよ。え? 最近はあるの? 缶詰とかじゃなくて? くそう、企業努力め。

思えば、唐揚げがこの店にやってきたのは、いつだったでしょうか。
最初は、客のリクエストがきっかけだったような。面倒くさそうな表情を隠しもしないご主人が、それでも奥さんに尻を叩かれながら、渋々とありあわせで作った一品。それが始まりだったかと思います。わたしたちにとっては悲劇の始まりでしたが。
初めて目にしたアイツは、無邪気で元気いっぱいな子供のようでしたが、ご主人のやっつけ仕事のせいか、そりゃあみっともない容貌をしておりました。
しかしそこは、なにかと器用で元来は凝り性な我らがご主人さま。聞けば、かつてはどこかのホテルで働いていたとかなんとか。
何度かリクエストが続くうちに、若いころの情熱を取り戻すように、手を変え、品を変え、味を変え変え、見た目も変え。みるみるうちに垢抜けていく唐揚げクン。
その情熱のひとかけらでも、わたしたちに向けてくれても・・・いいえ、作ってくださるだけでもありがたいです。はい。

いまにして思えば、新人のアイツをどこか下に見ていたのでしょうな。驕れるなんとかは久しからず。ドヤ顔であれこれ高説ぶった過去の自分を思い返すたび、羞恥に身悶えるばかり。なぜこれほどまで鮮やかに記憶が残っているのかと、己の運命を呪う今日この頃です。
よくよく考えてみれば、漁港の近くの店だからって、魚料理が求められているとは限らないんですよね。むしろ、このあたりで働く男どもは魚より肉、肉、肉。たまにふらっとやってくる観光客も、目がいくのはベタな海鮮丼ばかり。地味な一品ものの定食なんて見向きもしません。こんちくしょうめ。
またたく間に店のナンバーワンへと上り詰めていくその姿を、メニュー表の端に追いやられながら指をくわえて見ているしかないわたしたち。いや、指とかないんですけどね。魚ですし。
老兵は死なず、ただ去るのみ。いやいや、わたしだって先ほど生まれたばかりなんですけど。
これが歴史ですか、伝統ですか。いつまで過去の栄光に縛られているんですか。イノベーションのジレンマですか。横文字かっこいいですね。うるせえよ。

・・・そうこうしている間に、お兄さんがサンマ定食を食べ終えるようです。ご堪能いただき誠にありがとうございました。またのご来店を心より、心よりお待ちいたしております。いや、マジで。

はてさて。次はいつ、出番が来るのでしょうか。いつまでわたしは、サンマ定食なんでしょうか。

もしも、人間に生まれ変わることができるなら、わたしも唐揚げを口いっぱいに頬張ってみt――

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?