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【小説】私を見くびるな

「恋人の携帯電話は絶対に見てはいけない」
恋愛に無縁な頃から知っていたのに、私は酔っ払って眠るタカシの指で指紋認証を突破していた。

結婚を匂わせるとすぐに話題を逸らし、定期的にLINEをやりとりしている相手を教えてくれないタカシの責任だ。真っ暗な部屋でタカシの待ち受け画面の幾何学模様と、整列したアプリを眺める。今ならまだ「何も知らない」状態に引き返せると思いつつ、そうやって気持ちを誤魔化してきた私に知る権利を下さい!と言わんばかりにLINEを起動すると、即座に「mio」という名前のアイコンを見つけてしまい、諦めと悲しみが渦巻いた。
澪は私達と同じ大学で、二人で出掛けたことも何度もあるくらい仲が良かった。
3年生の終わり、澪から同じゼミのタカシへの恋心を打ち明けられたと同時に、「亜美ちゃんも、タカシのこと好きでしょ?」と笑ったときの意地悪な目は今も忘れられない。「私の方が先だよ」と言われた気がした。私は澪に、何と返したか覚えていない。

それからしばらくして、澪は、タカシに振られたことを報告してきた。私は内心安心したけれど、態度に出さないように気を付けた。澪は「あんな奴、亜美ちゃんもやめたほうが良いよ」と笑っていたが、それ以降、「この前タカシと飲んだとき~」だとか「タカシが好きな●●が~」と話の節々に私へ当てつけのように『タカシの一番の女友達』アピールをしてきて、私は澪を少しだけ憐れに思った。

大学卒業後、社会人となってから休みの合う人としか会うことがなくなり、頻繁に連絡を取るメンバーは少しだけ変わった。澪はサービス業で、私はメーカーだったのでまるで休みが合わなくなった。内勤のタカシとは共通の別の友人をきっかけに遊ぶことが増え、晴れて付き合い始めた。

タカシは「一緒にいることが自然に思えた」と言ってくれた。私にとっては初めての恋人だったし、澪に対して優越感を覚え、有頂天だった。タカシが私を選んでくれたのだ。私は今後の人生で、自分の好きな人と付き合えることなんて二度とないと確信し、早く結婚へ話を進めたい一心で同棲を提案したところ、タカシも実家を出たいタイミングだったらしく、私達の同棲はトントン拍子で進んだ。

同棲を始めてすぐに分かったことがあった。一緒に遊びに行く人を教えてくれない。

私の頭には澪がいつもちらついている。飲みに行くと言うので「誰と?」というと、「友達」としか言ってくれない。その友達は、何人で、そこに澪はいるの?と聞きたいけれど、聞けなかった。面倒な女だと嫌われるのが怖かったのだ。最初にそのやりとりをしたものだから、それ以降、深入りできなくなってしまった。今日だって、タカシは「友達」と遊びに行って、ベロベロに酔っ払い、倒れこむように寝てしまった。

タカシは普段、私の表情に敏感で、私が悶々としていると「何、怒ってんの?」と聞いてくる。自分のせいだなんて一切思ってないんだろう。私が勝手にすねている、という感じで、でも「話、聞くよ」と優しく言ってきて、私の気持ちはめちゃくちゃになる。そういうところがタカシはずるい。そういう風に、私はタカシを許してきてしまったのだ。今の私を見たらなんて聞いてくるだろうとタカシの寝顔を眺める。子犬みたいに寝息を立てているタカシは愛しくて憎らしい。私は「mio」のアイコンに指で触れ、二人のやり取りを遡った。

この端末に記録されている最初のやりとりは3カ月前、タカシがスマートフォンの機種変更をした日からだ。タカシから「機種変終わった」と送っている。「mio」からは「早かったね」と同じ時間に返信が来ている。その後も他愛のない会話をずっと続けている。

単なる雑談だけのために連絡していることに、無性に腹が立った。この会話の相手は私じゃダメだったのだろうか。どんどんスクロールするうち、タカシから誘って今日は澪と二人で飲んでいたことが分かり、私は気付いたらタカシの腹部を思いきり蹴り飛ばしていた。タカシは「ぐえ!」と言って腹を抑えてうずくまった。
「何すんらよ、いてぇな…」
呂律の回らないタカシに馬乗りになり、私はタカシの首を絞めながら泣いた。
「なんで!なんで澪とそんなに関わりたいの!それを何で教えてくれないの!私は彼女なのに!なんでよ!私より澪の方が気楽に話せる相手なの!?なんで澪なの!澪以外なら誰だっていいのに!!もういや!」

咳き込むタカシを放り出して、私は財布と携帯だけ持って家を飛び出した。
澪にも怒鳴り散らしたくなり、電話をかけたが留守番電話になったので、「タカシはあんたにあげます。あ、でもタカシに振られてるから無理かな!?私に二度と関わるな!」と叫んで切った。

多分もうタカシとは別れることになると思うけど、私は自分を少しだけ好きになれた気がした。私は私を縛るものから一夜で解放されて、清々しい気持ちで澄んだ夜空を見上げた。

#カクカタチ


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