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豆の嫁入り

 日本には、どれくらいの種類の豆があるのでしょうか。農林水産省によると、日本で食用として利用されているものはおよそ70~80種類ということです。それらの豆にはそれぞれ名前がついていますが、同じ豆でも、地域によって呼び方が違っていたりします。
 インスタグラムで「鞍掛大豆」を紹介したところ、ある方から「その豆、うちの地域ではパンダ豆って呼んでますよ」というメッセージが届きました。豆の本によっても呼び方が違っていたり、よく似ているけれど微妙に違う、でも名前は同じ…など、豆が持つ多様性とともに、豆が人々のすぐ近くにあり、それぞれの呼び方で大切に食べられていたことがわかります。

 豆の名前ではありませんが、こんな話を聞いたことがあります。
東北のある地域では、今もたくさんの在来種の豆が栽培されています。スーパーなどでは売られていない、けれど代々その家庭で大切に作り続けられている豆。
それは、昔からその地域では娘が嫁に行くときに

「その家で作っている“とびっきり”の豆」

を持たせる風習があったからだそうです。
 雪深いその地域では、冬はほとんど外に出られません。新鮮な野菜も食べられません。冬の間は、備蓄している豆を大切に食べるのです。そこに新しく家族になるお嫁さんが持ってきた豆を加えることで、彼女も家族の一員になる。だから親は、嫁入りする娘に“とびっきりの”豆を持たせるのです。
 これらの豆は、食料という役割を超えて、「家と家の結びつき」の役割を担っていました。

 お嫁さんが持ってきた豆。春の終わりに種子としてまきます。きっとお嫁さんは「ちゃんと芽を出してね。」と願ったことでしょう。収穫までの世話も、他の作物より心持ち丁寧にしたかもしれません。故郷のことを思い出したときは、その豆の花が慰めになったはずです。

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 秋に無事収穫を終え、初めてその豆を新しい家族と食べたとき「この豆美味しいね」と言ってもらえたのでしょうか。
 そうして何年も栽培しているうちに、その豆はまた子供たちに受け継がれていきます。きっとたくさんの場所で、たくさんの家で同じことが繰り返され、その家々の“とびっきり”の豆が広がり続けたのでしょう。思いを乗せた豆が、思いを乗せたまま今も作り続けられている。豆は時代を超えて、私たちの身体と心を支えてくれる食べ物です。

 このように代々受け継がれてきた在来種の豆。何代も作り続けることは簡単ではありません。自分の家で収穫した豆を種子として次の年にまく、という「自家採種」を続けると、もともと持っている特性が退化することもあり病気にかかったり収量が落ちたりします。そのため、農家では通常2~3年に一度、新しく原種の種子に入れ替える「種子更新」という作業をします。
 お店には売っていない在来種の豆は、簡単に更新することができません。畑では注意深く豆を見守り、秋に収穫した豆の中から来年種子にするものを厳選する…。在来種の豆は、栽培技術や豆を選ぶ目利きの仕方なども、その家庭で大切に伝えられてきたのでしょう。

そんなことを考えながら、ある晴れた日に「山花豆」の草取りをしていました。
 「山花豆」。私が今年初めて出会ったこの豆も、誰かが大切に作り続けてきたのでしょう。

 今まで知らなかった豆と巡り合えたとき、その豆を大切にしてきた人たちのことにも思いを馳せたい。オリベの豆やはそう考えます。

 丁寧に草を取っていると突然、にわか雨が降ってきました。豆の葉も私も太陽に照らされているのに、雨が畑を濡らします。
「狐の嫁入りだね。」一緒に草取りをしている夫が言います。

 きょう、狐の娘がお嫁に行く。その狐も、親に“とびっきりの”豆を持たされたのでしょうか。嫁ぎ先で、その豆をまくのでしょうか。
 豆がちゃんと芽を出しますように。
 狐の娘がしあわせになりますように。

私は草取りの手を少し止めて、心から願います。

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