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ついに眼鏡を買い換えました。

もともと私の眼鏡は鼻台が取れていた。さらにベットで寝落ちしてしまった際に眼鏡に体重を預けたせいで、柄も曲がってしまった。潮時である。

なぜこんなにぼろぼろになるまで眼鏡を使っていたのか。本当は二年前、鼻台が取れた時点で使い続けるのをいったん諦め、新しい眼鏡を買ったのにも関わらず、すぐに旅行先で紛失した持ち主のせいである。

私としてももちろんここまで過重労働させるつもりはなかった。しかし、これは言い訳なのだが、普段はコンタクトを付けているし、まぁ最悪鼻台なくてもなんとか使えるしと、心の中の守銭奴がささやいたからだ。

つまり、本当はとっくに余生を過ごしているはずの眼鏡だったのだが、私の怠惰とけちのせいで現役生活が長引いてしまったということである。

さて、曲がってしまった柄の部分を見つめる。鼻台の部分がとれていたとて、顔面と鼻先の狭間の事、気づく人はいないだろう。(気づかれて陰で笑われていたかもしれないが)しかし、柄の部分が曲がったとなると話が違う。

ためしに眼鏡をかけて鏡を見ると、やはり思わず顔を傾けたくなってしまった。

「先に眼鏡あずかりますね」

そうか、そういうことがあるのか、と観念して私は眼鏡を店員さんに渡した。鼻台が取れた眼鏡を渡すことは少し恥ずかしい。

眼鏡の度数を調べてもらうために眼鏡を預けた後、眼鏡を選んだ。

眼鏡を選ぶときは、自分の顔を選んでいるような気分になる。だから結局いつもと同じような、茶ぶちの、セルフレームの、楕円形のものを選んでしまうのだと思う。

もう今は眼鏡は人前でかけないから、なんでもいいような気がするのだが、鏡に映る顔が赤ぶちフレーム、あるいは四角のメタルフレームだと少しびっくりしてしまう。結局、いつもと同じようなものを選んで「これが私の顔だ」と落ち着く。

視力検査へ進む。

ランドルト環がななめにも切れている様をみて、「げ」と思う。どちらかというと、右と左がぱっと出てこない人間なので、視力検査は緊張する。視力検査の前は、「右」と「左」がどっちなのか必ず確認してから臨む。
これで割とスムーズに答えられるのだが、ななめが存在する視力検査は難易度があがる。

「みぎ・・あ、ちがう、ひだり、ななめ、した、です。」

「左」で「ななめ」で「下」。3つの概念を合わせて即時に答えるというのが難しいのだろうか?とにかくななめの切り込みがあるランドルト環は天敵である。

右と左を言い誤ったり、短いフレーズを噛みまくったりすることで、コミュ障だと思われるのも、右と左がパッとでてこないやつだと思わるのも別にその通りなので構わない。

しかし、本当は見えないのに、気張って視力検査を攻略し、できるだけ良い視力を勝ち取ろうとしている、往生際の悪いやつだと思われるのはやだなぁとは割と強く思う。

そんなことを思っていると上に切れ目があるランドルト環が現れた。
一瞬の安息が訪れる。

「上です。」

上か下の切れ目は安心する。迷うことが何もないからだ。上と下を答えるときだけは迷いなく明瞭に答えることができるのは、3の倍数の時だけ声を張り上げてアホになる芸人みたいだな、とも思うが。

どちらが濃く見えるか、どちらが明瞭に見えるか、微妙な差異を、視覚を研ぎ澄ませ、選択するようないくつかの検査も終える。やはり視力は下がっていて、大幅に度数を上げてもらった。

さて、今日眼鏡が出来上がり、取りに行ったのだが、やはり傷一つない、適切な度数のレンズ、適切なメンテナンスがされた眼鏡は最高である。世界がきれいに見えるすばらしさを毎度感じ、壊れる原因になるから、眼鏡をかけっぱなしで寝落ちはやめようと、毎度思うのだが、結局やめられないのも目に見えている。

アイコンを変えたい、、絵が得意な人にイラストを書いてもらいたいなぁと考えています。サポートいただければアイコン作成の費用にかかるお金に割り当てたいと思ってます。