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すれ違いの構造 _『リファ』#32【小説】

 私は前回と同じ席で二ノ宮と向き合い、「どのような体制で、三人で子育てをされているんですか?」と尋ねた。

 「僕と彼女と子どもたちが同じ家に暮らしていて、週に二回〜三回の決まった曜日と時間にリュウちゃんが来ます。上の子が生まれたばかりの頃は、リュウちゃんのタイミングで好きにうちに来てくれたらいいよ、としていたんです。でもそれだと、僕たちもアテにできない。リュウちゃんも役割が決まってないから、居心地が悪そうでした。だから今は、月曜と木曜の朝はリュウちゃんが上の子を保育園に送って、土曜は午後から夜ごはんまでリュウちゃんがメインで上の子を見ています」

 二ノ宮は、淀みなく話した。リュウちゃんとは、二ノ宮の友人だったところから、精子提供者となった人物だ。自身がゲイであることを公言している。

 「どういうところに、難しさがありますか?」と私は尋ねた。

 二ノ宮は美しく整えられたあごひげを左手で撫でながら、軽くうなずき言う。

 「意思疎通ですね。三人で情報共有やコミュニケーションを密にしようというのは、簡単じゃない。家庭内のルールやちょっとしたスケジュールの変更など、他愛ないことだからこそ、リュウちゃんへ伝え忘れたと気づいて慌てるようなことがよく発生します。単純に忘れていただけのことでも、(聞いてないよ…)とリュウちゃんの疑念になったり、疎外感を抱いて摩擦が起こったり。小さいことが積み重なって、それぞれのストレスになるんですよ」

 三人のすれ違いを、私はありありとイメージすることができた。一般的な夫婦間でも、ちょっとしたところからの行き違いはすぐに起こる。

 「同じ家に暮らす夫婦なら、なんでもない会話の中ですり合わせできることが、わざわざ情報共有する必要が出てきますもんね」と私は同意した。

 「その通りです」と二ノ宮は言った。

 「どうやって解決しているんです?」

 「これはもう…」と二ノ宮はまた、アゴひげをするすると撫で、続けた。

 「率直に出し合って、前向きに話していくしかないですよね」

 「率直に」と私は繰り返した。やはり、話して伝え合うしかないのか。

 「どこまでいっても、自分とは違う人間ですからね。思っていても伝えないのは、思ってないのと同じです」

 私は、無言で唸った。どうでもいい話はできるのに、肝心なことを聞けない自分のことを指摘された気持ちになった。二ノ宮の取材は、どうも自分に引き寄せすぎる。

 意識をインタビューに戻し、話の続きを促すように二ノ宮の目を見る。

 「お互いが正直に自分の不満や考えを出すと、同じ出来事を経ているはずが、それぞれの見ていることや認識にズレがあることがわかります。三人は別の人間なんです。その真意や背景がわかると、納得できることがほとんどだったするんですよ」

 二ノ宮は、振り返るように話した。もっともな理由に頭が上下する。二ノ宮は続けた。

 「彼女がリュウちゃんにイラついていたのは、彼に子育ての意見を求めるといつも、『薫と彼女がいいならいいよ!』と返すことでした。感想すら出ることがなく、その対応に彼女は、親になったのに意見一つ言えないなんて無責任だ。そう不満を募らせるようになりました。三人の話し合いで彼女が主張を伝えたところ、彼なりに僕たちを尊重してくれていることがわかりました。週に数回しか会わない自分の意見よりも、日々生活する二人が決めたことに従うのが、みんなにとって幸せだと考えていました。リュウちゃんにとっての優しさが、相手にはストレスになっていた。話せば話すほど、似たようなすれ違いが見えてきました」

 「子どものことや相手のことを想っているのは同じなのに、別の人間が揃うとすれ違うわけですね」

  私は、素直な感想を述べていた。

 「相手を慮っているつもりが、思い込みだったり決めてつけていたりもしますよ」と二ノ宮は言い、紙コップに入った麦茶を飲み干した。

 童顔のたぐいである二ノ宮は、その佇まいも四十歳にしては無邪気で若々しい。そんな個体から放たれる内容は、理路整然としていて本質的で、落ち着いている。あまりの優等生のような回答に、弱みを突きたくすらなってくる。

 私も麦茶を一口だけ飲み、二ノ宮が話し出すまで沈黙した。桜井が二ノ宮のコップに麦茶を足す。

 「こういう課題がある。じゃあどうする?と、解決に向けて話をしていくというのは、仕事でプロジェクトチームを組むときに考えるのと同じですね。違うのは、仕事は結果が求められますが、子育ては、ゴールを目指すのではなくて過程も楽しむもの。正解や完璧を求めず、時々で自分たちのベストを重ねるようにしています」

 リュウちゃんが家庭料理を学び始めたことや、六人いる祖父母も交えたクリスマス会、二人目の出産後に彼女が体調を崩して入院している間、リュウさんが二ノ宮の自宅に寝泊まりしたことなど、さまざまな子育てのエピソードを語ってくれた。

 三人で行う良さも難しさもあるのだろうが、自分の子育てと地続きのところにあった。

 前回のインタビューでも抱いたが、特別ではない子育ての話だった。

 二ノ宮の語る育児がありふれていることに驚くこと自体、私は二ノ宮のセクシャリティを、どこか特別視していたことの現れだった。



つづく

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