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石焼きいもを追いかけて

土曜日の昼下がりのこと。
夫とふたり、遅い昼食の準備をしていた。夫はピザトーストをあたためにキッチンへ。わたしは飲み物を事務所へと運ぶ。すると、ぶるんぶるんというエンジンの音とともに、懐かしい拡声器の声がした。

い~しや~きいも~ おいも おいも おいも~

夫とふたり、顔を見合わせる。
ーどうする? もちろんー

直売所で焼きいもを見つければ、迷わず買う。そう、焼きいもに目がないわたしたちには、言葉なんていらなかった。

わたしは財布を持ち「何本?」「まかせる。大きさ見て決めて。」。
夫とは性格も考え方も正反対だが、食べ物のことだけは意見が完全に一致する。オッケー。サンダルで家を飛び出した。

外はあいにくの曇り空、空気はひんやりとして肌寒い。
まわりを見渡すと、トラックはもういなかった。

慌てて探しに行くと、100メートル先の交差点でトラックは信号待ちをしていた。しかも、まもなく青信号。このままじゃどこかへ行ってしまう。

ダッシュしたら間に合いそう。でも…どうしよう、声をかけにくい。

勇気がなかった。移動販売の石焼きいもを買うのははじめてで「くださ~~い」と追いかけるその行為が、どこか気恥ずかしかった。


普段は図々しいおばちゃんなのに…。とぼとぼと家へ戻る。焦げたチーズのいい香りとともに、主人の「待ってました」と言いたげな顔があった。

「ごめん買えなかった。」「なんで?」「追いかけたら、交差点過ぎて行っちゃった(ホントはまだ停まってるんだけど)。」すると夫は

「まだ行けるよ! チャリで追いかけて買ってきて!!」

その真剣なまなざし。夫の頭のなかはもう、ピザトーストより石焼きいもなのだ。

腹を決めた。よし、そこまで言うのなら、もう一度石焼きいもを追いかける。わたしはママチャリで、どこまでも追いかけよう。


ふたたび交差点へ向かうと、タイミング悪く赤信号に引っかかってしまった。トラックは、目の前のせまい通りを直進している。

遠ざかっていくトラック。まってまって。はよ、青になれ!! 信号が、いつもより長く感じる。1分、2分…そして、青に変わったと同時にペダルをこいだ。

い~しや~きいも~ おいも おいも おいも~ 

その距離、数百メートル。慌てるわたしをよそに、トラックはのどかな呼び声を響かせながら、ゆったりゆったり走ってゆく。うん、この先に信号機はしばらくないし、もう大丈夫。

数秒でトラックに追いついた。わたしは、後ろをゆっくりと走る。しかし…

どうやって声をかければいいの。

うしろから「くださーい」というのは、やっぱり恥ずかしい。それなら助手席側から声をかけるしかない。

意を決しトラックの横へ移動した。すると、すぐ先に親子の姿。ちいさな男の子が、パパと一緒にトラックに向かって手を挙げていた。そしてトラックは、ぷすんと男の子がいる駐車場の前で停まった。

(声をかけずに済んで)よかった~。一気に力が抜けた。

トラックのそばにママチャリを停める。すると男の子のお父さんがこちらに向かって「先にどうぞ」と声をかけてくださった。

…もしかして、必死になって追いかけている姿を見られていたのか…。そうだよね、トラックのすぐ後ろだもん。

ぶわっと恥ずかしさがこみ上げてくる。「いえいえ、坊ちゃんが手を挙げて停めてくれたので。お先にどうぞ」

焼きいも屋さんがわたしたちの前にやってきた。
使い込んだ腰エプロンをつけた、火野正平さんのような渋いおとうさんだった。おとうさんが荷台にある石焼き芋窯の四角のふたを開けると、そこには見事な焼きいもが等間隔に並んでいた。わあー、心の中で小躍りする。

「どれにする?」と声をかけられた男の子は少し迷って「これ」。ニコニコとうれしそうに買っていった。

さあ、次はわたしの番。
「2個ほしいんですけど、おすすめはどれですか?」すると火野正平さんばりのダンディーな声で「じゃあ、蜜が入ってるのはこれだなあ。」と言って選んでくれた。
「ありがとうございます!」いつ売りにくるのか、どこを回っているのかと、あれこれ話を聞いているうちに、続々とお客さんが集まってきた。

石やきいもをゲットして、心もほくほく。玄関前で「ただいまあ。買ってきたよー!」と思わず叫ぶ。


で、あつあつの石焼きいも。夫もわたしも、もちろんピザトーストより先にいただいた。

1個をふたりではんぶんこ。ぱかっ。

おとうさんが選んだだけあって、蜜が染み出ている

あっつあつの石焼きいも。それでは、いただきまーす。ぱく。

はふはふ、んま〜!!!


しっとり、ほろっほろ、優しい甘さ。さらに半分に割ってみる。

とろける食感に、あっという間にぺろりんこ。夫はたまらず

「いい仕事、してるな。」何目線じゃい。


紙袋には、もうひとつある。さぁどうする? どうする? 夫と目配せして


結局、ぱかっ笑

あまりの美味しさに、とまらない、やめられない。


皮も香ばしくて、美味しいんだよねえ。

1本平らげたあとに、ピザトーストも食べて、ふーお腹いっぱい。大満足。


恥ずかしさを乗り越えたその先に待っていたのは、とっておきのあまーい、しあわせだった。

次こそは言える。きっと言える。「焼きいもくださーーーい」と。


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