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介護・福祉事業者の BCP 策定の義務化について - (1)リサーチクエスチョン「なぜこの業界に義務化されたのか?」

組織レジリエンス研究会 石井洋之 Ph.D.
(中小企業診断士・ITコーディネータ)

組織レジリエンス研究会メンバーの石井洋之と申します。
静岡市在住で中小企業診断士・ITコーディネータとして、中小・小規模企業を対象にBCP策定支援等で活動しています。

【記事要約】
令和3年4月から正式に介護保険法等の報酬改定によって介護・福祉サービス事業者へBCP策定が義務化された。様々なリスクが次々に発生している現代の日本において、なぜこの業界に法令に基づくBCPの策定義務が課されたのか?その背景には何があったのか?介護業界に立ち入って解き明かしていく最初のリサーチクエスチョンである。

平成17年8月に内閣府が公表した事業継続ガイドライン以来、日本のBCPの歴史が始まった。大企業、中堅企業においてはその必要性と有効性が広まりBCPの策定は進んでいるが、中小企業のBCP策定率は未だ14.7%と低調で策定率は大きな進捗はない。策定していない理由についてのアンケートでは①策定に必要なスキル・ノウハウがない(41.8%)、②策定する人材を確保できない(29.0%)、③書類作りで終わってしまい実践的に使える計画にすることが難しい(26.8%)となっている(注1)。BCPの必要性は広く論じられており、大企業のサプライチェーンの一翼を担う小規模企業も多くあることから、規模や業種に関わりなくBCPの普及に向けて様々な取組が行われているが、上記のアンケート結果の理由により中小企業、中でも小規模企業のBCPは遅々として進まない。このアンケート結果についての議論は多々あるが、ここでは省略する。

一方、近年、地球温暖化による自然災害の狂暴化による猛威は、ゲリラ豪雨や大型台風などとなって多くの企業を苦しめている。さらに、日本の地理的特徴である地震活動の活動期と言われる近年、大地震が多発している。特に2011年3月11日の東日本大震災により、BCPの必要性と有効性が広く企業に伝わったが、その声も時間とともに形骸化している。さらに2019年中国武漢市から始まったCOVID-19によるパンデミックは、感染症による企業活動への大きなリスクであることを世界中に知らしめた。2009年に鳥インフルエンザ感染症でその脅威を突き付けられたが、早期の終息によってそのリスクへの対策は置き去りにされてしまった。感染症BCPは、従来の自然災害BCPとは違ったアプローチが必要であることを知らしめた。さらに見えないリスクとしてコンピュータウィルスも脆弱な中小企業の脅威となっている。海外貿易事業に関連する事業を行う企業以外は、従来、戦争リスクなどの地政学的リスクを想定リスクとすることはなかったが、ロシアによるウクライナ侵攻は、世界経済に想定をしない大きな影響を及ぼしており、中小・小規模企業に与える影響は小さくない。

このような新たなリスクが次々と生まれてくる中で、突如、介護・福祉サービス業界に法令に基づく、BCP策定の義務化が決定されたのである。筆者も長年、中小・小規模企業のBCPの普及推進の活動をしてきたが、この業界への法令による義務化への意図は理解できなかった。そこでその背景と意図を解明するのが、本稿の目的である。

介護・福祉サービス事業者のBCP義務化と言っても、その根拠法は違う。介護業界の根拠法は介護保険法、福祉業界の根拠法は障害者総合支援法である。2つの法律で共通していることは、3年ごとに事業者に支払われる報酬が見直されることである。令和3年度、両法律に基づいて厚生労働省が省令などで定める報酬改定のなかでBCP義務化が明記されたのである。3年間の経過措置が設けられているが、その期間が終了した2024年時点で、求められているBCPができていなければ介護事業者や福祉事業者の報酬がもらえなくなり、廃業・整理の対象となる。つまり、法律によって事業継続が不能にさせられるのである。すなわち、この業界にとっては、法律に基づく省令で求められるBCPの策定とそれに従った活動が事業継続の前提条件となる。従来の経済産業省の指導しているBCPとは全く違うメカニズムで義務化が決定されたのである。しかも、厚生労働省が示すBCPモデルの内容のなかで、その目的が従来内閣府や経済産業省のいう事業継続のためのBCPとは大きな違いのあるものとなっている。本稿でこの点を明らかにしながら「なぜ両業界へのBCP義務化されたのか?」をリサーチクエスチョンとして論じていきたいと思っている。内容を深堀りするため、この考察の範囲を介護業界に限定していることを了解いただきたい。本回を含めて6回のシリーズで本稿を論じていく予定である。

シリーズの章立ては以下の通りである。
(1)リサーチクエスチョン「なぜこの業界に義務化されたのか?」
(2)介護・福祉事業者へのBCP策定の義務化
(3)自然災害・感染症災害の犠牲者
(4)「誰一人取り残さない」BCPとは
(5)BCP策定支援機関としての取組み
(6)自然災害・感染症災害から災害被害者の命を守るために

論考を始める前に、介護事業の一般的な区分についての予備知識が必要である。それは厚労省の「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」(注2)において示されている「入所系」「通所系」「訪問系」の区分である。わかり易く説明すると以下のような区分である。

  • 施設系サービス

    • 入所系サービス:利用者の生活すべてを施設の中で受けるサービス施設
      (特別養護老人ホーム等)

    • 通所系サービス:定期的に施設に通い、食事、入浴やリハビリによる
      機能訓練等のサービスを受ける施設(デイサービス等)

  • 訪問系サービス:自宅で暮らす要介護者の日常生活を援護するサービス
    (訪問介護事業所・ヘルパーステーション等)

本稿では、介護業界に絞り、さらに、その内でも在宅介護を担当する訪問系介護事業者(居宅介護サービス事業者)の問題点について持論を展開する。これらの訪問系サービスの利用者は、介護保険の要介護認定者のうち、在宅で介護サービス(ホームヘルプサービス)を受ける利用者である。事業者にとっては、利用者の自宅へ訪問してのサービス提供であるため、自社で大きな施設が不要であり、自社に大きな設備投資は不要なので小規模事業者が多いのが特徴である。また、重要なことは、この様な小規模な訪問介護事業者は、在宅介護を受ける利用者にとって地域における医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保されるための主要な担い手の一員であることが期待されていることである。
これらの予備知識を頭に入れて本論に入る。

以上

【注釈】
(1) 出典:帝国データバンク「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2021年)」(2021年6月14日)https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p210604.pdf
(2) 厚労省ホームページhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html

一般社団法人レジリエンス協会 Web サイト
http://www.resilience-japan.org
組織レジリエンス研究会のページ
https://resilience-japan.org/category/research/organization/