― 第二十四話 地獄にて ―

 いやぁ、まだ心の傷は癒えちゃいないんだけどねぇ。でもまぁ、ほら、明るく生きてりゃいいことあるよ、って言うじゃん?

 まぁ、あの時はさ、なんせ、自分が死んじゃったんだから。そりゃあもう、がっくりしたもんな。自分でさ、分かんのよ、死んでるってさ。だって動いてないもん、心臓。もう、いやんなっちゃったよ。はははは!

 でさぁ、川渡って行ったんだよ、ヘル。地獄。
 川で舟に乗せられて行ったんだけどさぁ、舟漕いでるヤツがビビらすんだよねぇ、『一生炎で焼かれることになるであろう』とか、『生涯生皮を剥がされることであろう』とか言ってずぅっと脅すんだぜぇ。いや、もう、ほんとに嫌になっちゃってさ。そいつ、ホントくらぁーくて、まっさおーな顔しててさぁ。気持ち悪いったらありゃしねぇよ。で、時々一人で笑ってんのよ。なんにも言ってないのにだぜ?いやぁ、キモいって。

 で、俺さ、舟に弱いじゃん?途中からすっかり酔っちゃってさぁ。我慢できなくなって舟の中に吐いちゃったんだよ。そしたらそいつがさ、それでなくても気持ち悪い顔色してんのにさぁ、血相変えて『地獄に落ちろ!』だって。これからそこに行くんだっての。

 で、ようやく舟が着いたとこがさぁ。なんか、いかにもって感じのトコでさぁ。なぁんにもねぇのよ。見渡す限り土ばっか。風だけピューピュー吹いててさぁ・・・。で、変な臭いすんのよ。なんていうのかなぁ。うーん・・・、あ、そう、そう!あれ、俺の叔父さんの臭いだ!もうずぅっと昔に死んじゃった叔父さんなんだけどさぁ、その臭いにそっくりだったな!俺、その叔父さんと仲悪くてさぁ。あいつ、小学生の俺に『1万貸してくれよ』ってマジで頼むんだぜ?ありえねぇだろ?でさ、いつもなんかくせぇーんだ。なんちゅうかさ、何年も使ってる雑巾みてぇな、さ。で、地獄の臭いってその叔父さんの臭いにそっくりなんだよ。そりゃあ、どんだけ吐いても気持ち悪いのなおんねぇよな。
 で、どっかから‟ヒー、ヒー”って悲鳴みたいのが聞こえるしさぁ。
 こっちはまだ舟に酔ってるし、叔父さんの臭いするし、変なの聞こえるし、もう、最悪の気分なわけよ。しょうがないから土の上に寝っ転がってウンウンうなってたんだけどさぁ。舟漕いでたヤツはさ、ブツブツ文句言いながら舟の中の俺の吐いたもん掃除しててさぁ、俺、悪いって思ったけど手伝いもできないくらいまいっちゃっててさぁ。
 
 どのくらい経ってたのかなぁ?
 多分、2,3時間くらいはいってたと思うけどね。俺、そのまま寝ちゃったし。
 目が覚めたら、舟のヤツ、舟ごといねぇし。
 あんなヤツでもさ、いねぇならいねぇでさみしいもんでさ。俺、ちょっと泣きそうになっちゃったんだよ。いや、笑ってるけど、おめぇもよ、同じような状況になったら泣くって!

 あのさ、ちょっといいこと教えてあげようか?
 地獄にはさ、‟夜”がないんだぜ。いや、ほんとだって!
 俺があっちにいた間、ずっと昼。明るいまんま。あれ、頭おかしくなっちゃうんだよ。よく、北の方にある場所でさ、昼ばっかの国があるっていうじゃん?そんなもん、甘いよ。だって部屋に入ってカーテン閉めたら暗くなるじゃんか。地獄の昼はさ、目つむっても明るいからさ、ほんと、地獄だよ。俺、地獄にいるときほど夜が、というかさ、暗いってことが恋しかったことないもん。

 いつまでも明るいからさ、俺もいい加減飽きてきちゃって。とりあえずどっか行こうと思って、‟奥”っていうか、川とは反対の方に歩いていったのよ。そしたらさ、目の前に閻魔様がいたの・・・。いや、ほんとにいきなり目の前にさ・・・、いたの。

 俺、すぐに分かったもん。(あ、これが‟閻魔様”だな)って。だって俺さ、これ、信じられないかもしんないけど、俺、小五の時にどっかの寺で見た、あれ、‟地獄絵図”っていうの?なんか炎の中に閻魔様がすっくと立ってるやつ。それを一目見たときに俺、ギュって心臓をつかまれたような気がしてさ。それからもう、毎日苦しかったんだよね・・・。

 この気持ち、わかってもらえるかな?
 でさ、その憧れの人に会えて、さ・・・。

 閻魔様も閻魔様で、たぶんさ、それまで愛されたことなんてなかったんじゃないかな?
 俺たち、似たもの同士でさ。
 もう、何にも見えなくなっちゃって・・・。

 閻魔様が神の野郎に呼ばれたのが一か月くらい経った頃かな?
 閻魔様、真っ赤な目をしてさ・・・。俺に謝るんだよ。謝らなきゃいけないのは俺の方なのにさ・・・。
 あの神の野郎がさ、多分嫉妬だと思うね、俺。神の野郎が言うには、‟愛”っちゅうのは天国のモノ、なんだと。こんな理不尽なことがあるかい?だって実際にさ、俺たちは愛し合ってたんだぜ!天国とか地獄とか、かんけぇねぇっつうの!な?そう思わねぇ?それをさ、神の野郎は『地獄に愛など存在しない』なんて言ったんだってよ!
 いやいや、じゃあ俺たちはなにかい?存在してないのかい?ふざけんじゃねぇよっ!!

 ・・・すまねぇ。つい興奮しちゃって。
 まぁ、というわけでさ、俺は地獄から出なきゃいけなくなったってわけさ。
 もう、二十年も前の話だから・・・。
 ・・・・ふぅ。
 でもさ・・・。
 俺はまだ・・・
 

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