― 第三十二話 ホッチキス ―
<彼女>
えぇ~!ワタシたちの馴れ初めぇ~?!
いやだぁ~はずかしぃ~。
だってこれまで誰にも言ったことないのよぉ、じつはぁ。
ほぉっんとだってぇ!
だってさ、ウチの彼氏ってさ、すっごい照れ屋さんなんだからぁ。
いや、のろけてないってぇ!もうっ!
でもさ、最初に彼に会った時間だけははっきりおぼえてんのよねぇ。二時。うん、夜中の。
あのときワタシってさ、ほら、おぼえてるでしょ?『エンジェル』で働いてたのよね。
で、あの日、ママさんが突然大声で『ああっ!忘れてたぁ!』って叫んだのよ。夜中の二時によ。もうお店にいた人みんな驚いちゃってさ。『どうしたの?!』ってみんなでママに聞いたのよ。そしたらママが『今日、この子の誕生日なのよぉ!』って言いながらワタシを指さすじゃない。いや、ワタシの誕生日じゃないしっ、って思ったんだけど。ほら、あの業界じゃよくあることじゃない?
で、そこには五人くらいのお客さんがいたんだけどさ、みんないい人たちでね。田中さんって社長さんがいたんだけど、『よぉ~っし!じゃあ、ミキちゃんのお誕生日会をしようっ!』って言い出してくれてね。ワタシ、もう感動しちゃってさぁ。泣いちゃったんだよねぇ。もう、号泣。
で、そこにいたのが今の彼氏。
あのさ、泣いてるワタシに真っ先にティッシュ渡してくれたの、あの人。もうそれだけで『あ、この人だ』って思っちゃうわよ。ねぇ?運命っていうの?
その日、彼氏の家に泊ったんだけどさ、すごいの。ワタシ、おどろいちゃった。だって、朝ごはん作ってくれたんだよ、彼!カップのお味噌汁だったけどさ。もうワタシ、カンドーしちゃってさぁ。だって、ふつう、朝ご飯なんてつくんないよねぇ?前の彼氏なんて、いつも私が作ってたんだけど、『なんでいつも同じもん作るんだよっ』とか言ってさぁ、床にぶちまけちゃう人だったの。もう、お掃除が大変だったのよ。だってさぁ、ミートソースのパスタって、マジいつもおいしいよねぇ?
やっぱりそういう相性って大切よねぇ。今、つくづくそう思うもん。
<彼氏>
ちっす。
あ、もうチヒロから聞いたんすか?
あいつ、軽いっすねぇ!はははは。
いや、最初に会ったのは確かにあの店だったんすけど、あの~、う~ん、なんつったっけ、あの店!う~っん!いや、もうここまで出てんっすよ!いや!言わないでっす!ホント、マジ、出ますから!う~っん!あれぇ・・・、なんだっけかな!ちょっと、最初の一文字だけ教えてくださいっすよ。もう絶対それで分かるんだから!俺、昔から記憶良くて、いつも最初の一文字で・・・、え?『エ』?
・・・
・・・
・・・『エ』って、あの『エ』っすか?
うーん、『エ』、ね・・・。うーん。・・・だって、『エ』から始まる言葉っていっぱいあるじゃないっすか。『エロ本』とか。これ、ちょっと難易度高すぎっすよ。いいっすよ、そしたら二番目の文字もください。いや、もうホント、これで出ますから。これで出なかったら、それはもう、・・・え?『ン』?・・・『ン』。
ホントっすか?
ちょっと待ってくださいよ。『エン』?・・・。う~っん。『エンコウ』・・・。いや、そんな名前の店ってないっすよね。あ、でも、あんのかな?あるからみんな使ってんじゃね?なんかさ、『エンコウ』と『うんこぉ』って、似てるよね。はははははは!これ、すげーおもしれー。はははは。『エンコー』と『うんこー』!ははははは!ああ、腹いてー!ダイチョーいてー!『ダイチョー』って、あの、腹ん中にあるヤツのことっすよ。俺がこの前考えて、それから使ってんっす。みんなめちゃくちゃ受けちゃってさ。テレビに出んじゃねって言われてんの。俺はテレビよりはユーチューブ受けすると思ってるっすけどね。『ユーチューバー』ってね!これ、絶対受けるって!ははははは。ははははは・・・・
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