― 第二十五話 メクロの成り立ち ―

 それは七年前の夏だった。
 メクロの密かに続けていたギメガ帳の完成はもう間近に迫っていた。これが完成すれば・・・

 世界公務員を辞めて(雲隠れして)からメクロのしたことは、ダミーの社長を使って会社を立ち上げることだった。
 全ては、ギメガ帳を完成させるためにかかる莫大な費用を捻出するための手段にすぎなかった。
 メクロはただただギメガ帳の完成だけのためにその心血を注いでいた。
 当初はそれを使ってエッセンスの心を手に入れようと考えていた時期もありはしたが、ギメガ帳を使ってできる無限とも思われる可能性を考えると、それもまた小さな目的の一つにしか過ぎなかった。
 しかし、その小さな目的を達成できる日がやってきた。
 それが七年前だった。

 その当時、尾道財閥と関係する企業は無数にあった。
 その中でも特にここ数年、異常な急成長を遂げ、尾道財閥の主要な取引き会社の一つにのし上がってきた会社があった。
 それがメクロの会社で、名をコリンドロスといった。
 コリンドロス社の扱うサービスはただ一つ、―オトガメス―と名付けられた独自コンピューターの販売だけであった。
オトガメスPCとは、究極の音声対話型コンピューターであった。

オトガメスPCに、マウスもキーボードも要らなかった。
使用者は何をするにも声で命令するだけでいい。
『~したい』とPCに向かって言うだけで、PC内で使用者に最適なソフトを選び、画面にそれが現れる。
子供から老人まで、言葉さえ話せれば誰でも、どんなソフトでもその場で自在に操れた。

このまったく新しい形態のコンピューターは、その突然の出現から一年もかけず世界中を席捲し始め、コンピューター市場の勢力図を塗り替えようとしていた。
マッキントッシュウ社、マイグロソフト社、その他無数にある従来のコンピューター会社は見栄も外聞もなく軒並み、オトガメスPCの技術盗用に努めたが、その複雑さにあえなく敗退。
さればと政治家に働きかけ、法的にコリンドロス社の土台を崩そうと企てるも、元世界公務員の、しかもトップレベルの情報収集能力を持つメクロが相手ではどだい勝負にならず、果ては政治家の変態趣味や成金趣味、あるいは妾の情報、隠し子、整形手術の有無、短小包茎などなど、様々な弱みを逆にメクロに握られる始末。

結局、政治家も経営者も、その生き残りを考えるならコリンドロス社の傘下に入らざるを得なく、悔しさに歯軋りしながらもメクロの手足となってオトガメスPCの普及に努めざるを得なくなったのであった。

今や、世界がメクロを必要としていた。そして五年前、コリンドロス社は尾道財閥の巨大な門戸を叩いた。

― 超巨大企業と超巨大財閥の提携 ―

それは世界のビジネスシーンに特大のインパクトを与えた。
株価は戦争の影響よりも、コリンドロス社の動静に影響を受けていた。
世界の富そのものがコリンドロス社と尾道財閥を中心として回り始めようとしていた、といえる。   

一方、世界は日本による独裁的なコンピューター市場の独占に警戒の色を強め、各国のスパイが暗躍し始めた。
もちろん、この新たなスパイ戦争に世界公務員の様々なメンバー(若きアソウもその一人であった)も巻き込まれたのであるが、それはまた別の話である。
 
 とにかくそういうわけで、尾道財閥としては腹の中ではこの成り上がり者に対して苦い気持ちを抱いてはいたが、表面上はメクロを上にも置かぬ扱いをしたのだった。
 そのため、メクロが尾道の屋敷に訪れてくる度、尾道としては彼を歓待せざるを得なかった。

そしてある日・・・、ついにメクロはギメガ帳を完成させた。その効果は偶々ある事情で両親に試してみて、立証済みであった。彼はとうとう世界を手に入れた。彼の体が震えたのは、完成の喜びなんかではなかった。彼の脳内にはエッセンスの赤裸々な肢体が飛び交っていた。

「あなたの両親って、あの、・・・キモイページですよね?なぜ彼らをあんな風に?」
「ふっ・・・。おい、ボウズ。俺の目の前に広がっていたのは世界だぜ。親?家族?ちゃんちゃら小さいな。俺の肉親っていえばもう、地球とか、宇宙とか、そういった規模のもんだぜ。」
「はぁ、なんだか話が大きすぎてよく分かりませんが・・・。そんなもんですかね。」
「そんなもんさ。で、そこでお前に一つ質問だ。」
「はい、なんでしょう?」
「お前は世界の何だ?」
「は?」
「ちょっと難しすぎたな。質問を変えよう。お前、アソウ達と行動してて充実してるか?」
「いや、充実も何も、俺、ただ金のためにやってるだけだからなぁ・・・。」
「そう、そこだ!そんな一生でお前は満足なのか?」
「はぁ、まあ、満足っていうのがよく分からんですけど、こんなもんじゃないかと・・・。あまり考えたこともないし。」
「かぁぁぁぁ!それが若者の意見か!未来を見つめよ!夢を持て!ボーイズドントクライ!」
「それ、ユリ映画のタイトルなのでは・・・」
「えぇ~い!うるさい!蛆虫以下のお前らなど、こうしてくれるわっ!」
 メクロは机の方に走っていくと、机の下の一部をぐいっと押した。・・・何も起こらない。
「あれ?」
 メクロがさらにカチカチと何度かボタンを押したがやはり何も起こらない。
「・・・?・・・おかしいな。あっ、そうか!メガネ君!ちょっと、もっとこっち側に寄ってくれる?そうそう、そこの上ね。あ、もうちょっと右。ちがうちがう、君の右じゃなくて、俺の右だよ・・・そう、そこ!そのまま動かないで!」
 メクロはメガネの立ち位置を決め、すこし恥ずかしそうに咳払いした。

「・・・う、蛆虫以下のお前らなんて、こうしてくれるわっ!」
ボタンを押した。すると!な、何と、メガネと残り四匹の乗った床がカタリッと開いたかと思うと一瞬にしてメガネ達はその真っ暗な穴に吸い込まれるようにして落ちていってしまった!一階の、ちょうどこの部屋の真下の部屋の床にも同じような穴が開いており、メガネ一行はそこも通り抜け、さらに地下へと落ちていく。
「あー」 
 メガネの悲鳴もやる気がない。

「ぬっふぇっふぇふぇっふぇ~!どうだぁ、ゴミになった気分はぁ?」
 メクロがメガネ達の落ちていった穴を二階の縁から顔を覗かせて言った。
「へぇっへっへっへっへぇ」
 その他の手下たちは一階の穴の縁に集って笑っている。
「コォッホッホッホッホッホー」
 その手下達に混じってメルトモも笑う。
「ん?」
 そのメルトモが突然、笑いを止めた。
「ぬぇっへっへへへ!どうした、メルトモ?いぇっへっへっへっへぇ」

「あぁの、メクロ様。・・・今、おぉれたぁち、なぁにが可笑しいんでしょ?」
 メルトモが上を、二階にいるメクロを見上げて言った。
「ふへへ・・・へ?」
 メクロの高笑いが止んだ。それと同時に他の連中も笑いやめると、皆、きまり悪そうに壁のシミをなぞったりしている。

「ごほん!」
 メクロは咳払いを一つすると、もう一度穴を覗き込んだ。
「まぁ、お前たちは穴の底でゆっくり、世界が支配される様を見物しておけばよろしい。ま、その前に死ぬかも・・・!ひゃあはは・・・はっ!まったく!お前のせいで悪党として何か大切なものを失ってしまったではないか!」
 メクロがメルトモを叱り付けた。
「す、すいまぁせん・・・か?」
 メクロはブツブツ言いながら机の別なボタンを押した。そうすると、開いていた床がゆっくりと閉じていった。
三階分の高さから落ちたメガネ、そして、ミイラ四人は無事なのだろうか?
あぁ、心配だ。ああ心配だ。


(第二十六話へ続く)

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