自死した弟のこと【5】社会人①

 卒業ギリギリで行く先が決まった弟の職場は、自動車ディーラーだった。この会社に入った社員がまず始めにすることーーそれは、自分が勤務する店舗から自動車を買うことだった。(つい数日前まで大学生だった人間にローンを組ませ、自動車を買わせる。数年前に郵便局員が自分で購入して年賀状のノルマを達成する「自爆営業」が話題になり、その後ノルマは廃止されたと記憶しているが、自店舗から車を購入することだって立派な自爆営業である。多少の割引があるとはいえ、若者に重いローンを背負わせて良いものなのだろうか)。
 もちろん力の弱い新入社員が反論なんて出来るはずもなく、弟は自動車を選んだ。支払いは当然のことながらローンだ。
 ところが、ここで問題が起こる。
 ローンが組めなかったのである。

 弟は学生時代、携帯電話の支払いを滞納していたことがある。数千円程度の料金を滞納し、携帯電話会社からの催促も無視に無視を重ねた挙句、〇〇法律事務所から手紙が届いた。流石にこの手紙に驚いた弟はすぐに支払いを済ませたが、時すでに遅し。ブラックリストに載ってしまっていたのだった。そんなことに気づく由もないまま、弟は卒業し社会人となり、自分がブラックリストに記載されていたことを初めて知った。

 ローンが組めないことが会社に知られ、上司はこう言った。
「ローンも組めないなんて」
その一言に失望してしまった弟が向かった先は、踏切だった。
ここで最初の自死騒動を起こしたのである。
「もう駄目だ。死ぬ」
と電話口で弟が言う後ろでカンカンカンカン…と踏切の音が聞こえる。こんなに踏切の音が恐ろしく聞こえたことはいまだかつてない。カンカンカンカンといえば、晩餐館派の私も流石にそんなことを考える余裕はなく、家族一同泣きながら弟を説得した。
 結局弟はその日の深夜に帰宅した。その後、母が車を現金一括で購入するという話になり、ひとまず目下の問題は解決した。
 今回のように何か問題が起こると弟の思考は停止し、一瞬で視野狭窄に陥ってしまう。問題発生から絶望するまでの時間が非常に短いのだ。


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