自死した弟のこと【13】自死後①

 弟が自死してしまった。
 そう聞いて最初に思ったことは「やっぱり」だった。悲しいとか信じられないという気持ちでなく、「やっぱり」。

 母からの電話を切ったあとすぐに夫の職場へ連絡し、事情を説明し、今すぐ帰ってきて欲しいことを伝えた。夫が家に向かっている間、私は息子を迎えに行かなくてはならない。息子の通う学校は高台にある。長い坂を上り切った途端に涙が止まらなくなってしまった。息子を迎えに行ったら、すぐに実家へ向かわなくてはならない。行きたくない。怖い、苦しい、嫌だ。
 夫に息子を託し、放課後等デイサービスやお世話になっている支援ボランティアさんに事務的な連絡をしてすぐ駅へ向かった。4時間の長い道のりだからと去り際に夫が『向田邦子ベスト・エッセイ』(筑摩書房、2020)を渡してくれた。もう何度も読んでいるのに、いつでも読めるようにと最も手に取りやすい場所に置いている大切な一冊だ。この本と下着1枚、スマートフォンの充電器だけをリュックに無造作に入れ、私は快速電車に乗った。

 揺れる車内で本をめくっては窓の外を見る。
 (お腹すいた)
あまり私は食欲を失くすということがない。インフルエンザになった時も新型コロナウィルスに感染した時もいつもちゃんとご飯の時間が近づけばお腹が減る体質なので、この時も何か食べたくて仕方なかった。堪らず母に私のご飯はあるかとLINEを送ってみたが、既読にもならない。当然だ—その頃母と私より早く実家に到着した妹、叔父夫婦の4人は警察署でご遺体となった弟と対面していたらしい。そうとも知らず、随分と呑気な、だけど切実な連絡をしてしまった。

 実家へ到着すると地元スーパーの鉄火巻きと唐揚げが用意されていた。このお店のお惣菜は何を食べても美味しいが、特にお寿司が最高だ。いつだったか、母がここでお寿司とお刺身を一緒に買ってきたことがある。
「ご飯炊くの面倒だから」
とお寿司を白米代わりに食べようと言う母に、私と弟は
「お寿司にお刺身って…」
と顔を見合わせたことがある。
 そんなことを思い出して食べていたら、もう鉄火巻きが噛めなくなってしまった。「やっぱり」なんて思ったけど、本当に弟は死んでしまったの?
「お寿司あるよー」
と声をかければ、ちょっと嬉しそうに部屋から出てくるんじゃないの?

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