自死した弟のこと【22】遺族②(母と妹)

 弟が亡くなったばかりの頃、母が事あるごとに
「これが〇〇(弟)の運命だったんだよ、運命」
と言っていたことが嫌だった。私には母が「運命」という言葉で自分自身を無理やり納得させているとしか思えなくて、その言葉を聞く度に心の中が真っ黒い雲で覆われるような気持になっていた。それに、弟が苦しんだことを無かったことにされているようで…それが本当に嫌だった。
 でも最近になって少しずつだけど弟のことを話せることが増えてきた。
「〇〇(弟)はずっと苦しかったのかもね」
「男親がいなかったから、我慢していたことも多かったのかもね」
「寂しかったんだろうな」
というように、弟の苦しさや寂しさを一緒に考える。そうすることで弟の自由を回復しているようにも思う。そういえば、母の口からしばらく「運命」という言葉が出ていない。
 私は私のペースで、母は母のペースで、弟のことを受け入れている途中なのだろう。


 妹は特に弟のことを可愛がっていた。だからこそ、彼の死を受け入れることができず、苦しんでいたように見えた。私が弟のことを話そうとすると、
「考えないように、考えないようにしちゃうんだ…」
と独り言のように呟いていた。
 私から見た弟と妹から見た弟は全く違う人物なのかもしれない。私は8月に弟とLINEのやり取りをした際、かなり弟の調子が悪いと感じていた。でも同じ時期、弟は妹の住むアパートに身を寄せて生活を立て直す相談をしていたようで、妹は弟が将来を考えるまで回復したのだと思っていたらしい。
 つい最近、妹とご飯を食べていて、彼女が自ら弟のことを話し始めた。
「なつかしいなぁ…と思うんだよ」
そう話す口調は穏やかで、私は少し安心した。


 弟の死後、私は母と妹が泣いている姿を見たことがない。母と妹のことを薄情者だと言いたいわけではない。もしかしたら一人きりで泣いているのかもしれないし、「泣くこと」が必ずしも弟の死を悼むことと同じではないことは分かっている。できればそれぞれの方法で自分自身の感情をむき出しにして欲しいなと思っているし、自分もそうしたい。真正面から弟への感情を捉えてこそ前に進めるような気がしている。

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