自死した弟のこと【3】大学時代①

 母に対する暴力が酷かった高校時代が終わり、ついに弟は大学へ進学した。先に断っておくが、学友のおかげか安定した学生時代が送れていたようで、穏やかな4年間だった。

 高3の春、弟は笑みを浮かべながら緊張していた。受験した大学から通知が届いかたらだ。
「あードキドキする」
と言いながら、なかなかその封を切ろうとはしない。私も4年前に同じことを経験したので、その通知を開封したいようなしたくないような…という気持ちは痛いほど分かる。そう思って弟の様子を見ていたら、母がこう言った。
「早く開けちゃってよ。手続きがあるんだから」
その母の発言に対し、私は(おいおい…その言いぐさはないだろ…)と思ったが入学するのが易しい大学だったので、弟に対しても(どうせ受かっているんだから、早く見たらいいのに)とも思っていた。
 結果は、「合格」だった。弟がさぞ喜んでいるかと思ったら、憤っていた。先ほどの母の発言に対して。
 こういう風に母は弟を無神経に傷つけることがあった。例えば、彼女ができたことを家族へ話してくれる弟に対して、どこまで進んでいるのかとか冷やかすように尋ねてしまう。人一倍繊細だった弟の心は静かにえぐられていたことだろう。

 私は、大学入学前、弟に学祭の実行委員会に入るよう助言した。大学で友だちをつくるならば部活やサークルに入るべきだが、自由度の高いというか飲み会中心のサークルはきっとあなたに合わない。だから、明確な活動がある学祭の実行委員会に入ってはどうか、と。この時、弟が私の目をまっすぐ見て
「分かった」
と言ったことを今でも鮮明に覚えている。
 入学してすぐ学祭の実行委員会に入った弟は、毎日楽しそうだった。私も同じ大学の学生だったので、時々弟が友だちと楽しそうにしている姿を目にすると安心した。アルバイトも始めてますます楽しそうな弟から1枚のプリクラを見せてもらったことがある。仲良し4人で撮ったというそのプリクラの中の彼は、安心したというか「何も怖くない」という顔をしていた。自分の居場所がある、守られている、希望があふれている、そんな表情だった。

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