自死した弟のこと【10】休職③(転職活動)

 遺恨を残したままゴールデンウィークが終わった。

 そのまま連絡を取り合うことなく、6月に突入した。6月某日の19時過ぎ、珍しく弟が私に電話をかけてきた。電話の向こうの声は穏やかだ。用件を問うと、どうやら転職活動をしているらしい。
「双極性障害は恥ずかしいことじゃないから、面接でも話す。だけど、正直に言うと、内定が出ない」
「今、双極性障害のことは言わないで面接を受けている。2社最終面接に進んだ」
「でも…俺は…」
「俺は大学職員になりたいんだよな」
助言して欲しいというよりは、誰かに悩みを吐露したいという感じだった。私は相槌を打ちながら静かに聴いた。

 弟も言うように双極性障害は恥ずかしいことではない。人間は双極性障害を含め様々な病気になる。身体も心も脳も人間だからこそ様々な病に侵されるものだ。でも、日本社会はなかなか人間の弱さを認めない。田村由美の『ミステリと言う勿れ』(小学館,2019,4巻p.37)に「弱い者は負けで 壊れないのが正しい 壊れたら退場で 悩むことすら恥ずかしい 相変わらず根性論です」、「弱くて当たり前だと 誰もが思えたらいい」という久能整の台詞がある。人間は弱いからこそ、集団で支え合いこの社会で生きているのだと思う。

 電話を終えた15日後、また弟から電話があった。どうやら第一志望の大学職員ではないが、県外の企業から内定が出たらしい。すぐに家を出たいから、内定をくれた企業にお世話になるか…やりたいことを優先すべきか…。悩む弟に私はこう言った。
「人生は一度きりだから、やりたいことに挑戦してみたら」
背中を押された電話の向こうの弟の声は明るかった。
そして、この転職活動の用件が終わるとゴールデンウィーク中に
①息子に灰皿をこぼされたこと
②私から「何でタバコなんか吸ってるの?」と強い口調で言われたこと
を持ち出し、
「俺は傷ついたかんね」
と冗談めかして言った。私は「ごめん」と謝り、弟からは「いいよ」と返ってきたが、この時の「いいよ」は全然「いいよ」ではなかったのだろう。
さらにその後もこの電話は終わらず、『自死遺族になった』で書いた通り、iPodを失くされたと主張し始めた。
「〇〇(息子)はそんなことしないよ」
と言う私に対して、
「見てないでしょ。一秒も目を離さず見てたの」
と押し問答になったため、これ以上の波風を立てないよう更に謝罪し、弁償を申し出た。息子を寝かしつける前の忙しいときにもかかわらず弟のために時間を割いた私は、
(相談に乗ってやったのに、何なんだ)
と非常に腹が立った。そして、
「次に帰ってくるなら俺はホテルを取るから」
と言い、弟は電話を切った。

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