自死した弟のこと【6】社会人②

 踏切での自死騒動以降、弟は安定した生活を送っていた。自分の勤務する店舗で無事に車を購入し、ローンが組めないことに対するお咎めはなかった。支払いを止めることの重大さが身に染みて分かったようで、もう請求書をためておくということはしなくなった。仕事面では営業の仕事にも慣れてきたのか、元来繊細で他者に対してはものすごく丁寧な対応をする性格だからか、お客様から褒め言葉をもらうこともあった。会社から表彰され、副賞で貰ったカタログギフトを母にプレゼントしていたような気がする。
 表彰されてすぐ後に人事異動が発表され、弟は実家から70キロ以上離れた店舗で勤務することが決まった。
「〇〇店かぁ…田舎なんだよなぁ…」
とぼやきつつも初めての一人暮らしが嬉しそうで、せっせと新天地の情報を収集していた。
 家を出てから、弟はお正月以外は顔を見せることはなくなった。私も結婚、出産と人生のライフステージが変わり毎日毎日目まぐるしく過ごしていたので、弟と電話はおろかメールもすることはなかった。
 私の息子が1歳になったとき、夫の都合で今まで住んでいた関東地方から中国地方へ引っ越しをした。引っ越し前に折角だからと、母、私、息子、妹、弟の5人で温泉旅館に泊まった。私と妹が温泉を満喫し、部屋に戻るとなにやら静穏な空気が母と弟の間に流れている。後から聞いたのだが、弟は母に
「今まで育ててくれてありがとう。俺はもう一人でやっていけるから」
と言葉をかけたそうだ。

 温泉旅館の顔はめパネルから顔を出す1歳の息子と私、その息子を囲むようにパネルの横に並ぶ妹と弟 ── これが皆で撮った最後の写真になってしまった。写真の中の弟は、目じりが優しく下がっていて、きらきらと光っているようにも見える。

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