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憑いてきた……?

★この話は、2020年5月【竹書房 怪談マンスリーコンテスト】の最終候補作『沼の上に建つ社宅の話』に加筆したものです。




【沼の上に建つ社宅】の後日談です。


――会社を退職したのち、わたしはいったん実家に身を寄せました。
 すぐには次の仕事にけないくらい、体調が悪くなっていたからです。

 会社を辞め、実家で過ごしはじめてから、1週間ほど経った真夜中のこと。

 実家は古い二階建ての家で、わたしは二階の北側の部屋で寝起きしていました。
 その日も、窓の方に頭を向けて眠っていたのですが、「ぎし、ぎし」……という音で目が覚めました。

 掃き出し窓の外にはベランダがありましたが、洗濯物を干したり、エアコンの室外機が置ける程度の奥行きの、ささやかなものです。

 近所には猫が多く、屋根づたいにベランダに下りてくる猫をときどき見かけていたので、その音も猫だと思い、別段気にもかけていませんでした。
 ベランダの床はコンクリートではなく、薄い金属の板(トタン)だったので、小さな猫が歩いても音がします。

 でも……猫にしては大きな足音。

 それに通常、猫たちはわが家のベランダを通り道として使っているだけなので、足音はどちらかの方向に抜けていきます。

 その足音は、狭いベランダを行ったり来たりしていて、とても奇妙でした。

 わたしはてっきり、実家で飼っている猫が夜遊びから戻ってきたのだと思い、カーテンを少し開けて覗いてみました。

 掃出し窓のガラスは、細いワイヤーが格子状に入った網入りの、曇りガラス。
 夜中ですし、外はほとんど見えません。
 ですが、ちょうど家の前の電柱に付いている常夜灯のおかげで、なんとなく、様子はわかるのです。

 猫にしては、おかしな影でした。
 縦に長い。
 まるで人間が「きをつけ」をするときのように両脚をぴったりくっつけて、こちらを向いて立っているみたいでした。

(うえっ……)

 気分が悪くなったわたしは、カーテンを閉め、布団に入りました。
 犯罪者の可能性もあったのに、なぜか、家の者に知らせようとは思いいたりませんでした。
 ただ息を詰めて、じっとしているだけ。

(奇妙な現象に遭遇したときって、なぜか当たり前のことに気付かなかったり、何でもない行動ができなかったりします)

 しばらくして、足音はベランダを右方向に移動していき、それきり、聞こえなくなりました。


 翌朝、恐る恐るベランダに出たところ…………。

 泥のついた足跡が残っていました。
 それも、社宅の玄関で見た足跡によく似た、男性用の作業靴みたいな足跡が。

いてきたんだ……」

 でも、どうすればいいのか、わからない。

 お祓いをしてくれるようなお寺も神社も、近くにはありません。
 あったとしても、情けないことに手持ちのお金は底をつきかけています。

 迷ったあげく、わたしはネットで知ったパワーストーンのお店に行きました。(気休めにしかならないかも、とは思いましたが……)

 その店の女性オーナーは生まれつき霊感があるということだったので、簡単に状況を説明し、あまり予算がないことも告げて、透明な水晶と黒水晶でブレスレットを作ってもらいました。

「除霊のパワーを込めておきますね」

 水晶、特に黒水晶は、霊的なものに対するバリアーになってくれます。
 質のいい石でないとパワーが落ちる、とは聞いていましたが、いいものは数十万円。
 上を見ればきりがありません。
 その時に買える予算内で最高のものを選びました。

 ちょっとした出費でしたが、石のおかげなのか、ただの偶然なのか、
あるいはオーナーの霊力のおかげなのか――。

 それ以降、ベランダに【彼】が現れることはなくなりました。


 不思議なのですが。

 体調が回復し、新しい職場に初出勤する朝、身に付けていたブレスレットが二本同時に切れてしまいました。

 さすがに気味が悪くなり、ばらばらになった石を持って、仕事帰りに例のパワーストーンのお店に寄ってみることに。

 タイミングよくオーナーがいらっしゃって、
「役目を果たしたから切れたので、もう、この石は身に付けないほうがいいです。土に埋めるか、白い紙に包んで捨ててくださいね」と。

 話のついでに、
「例の人……は、誰だったんでしょうか?」といてみると、

「あなたに直接の縁がある人ではないから、もう気にしないようにしましょう」

……さらりと言われ、この件は終わりました。


 なぜ、わたしの元に現れたのか。

 【彼】の素性も含めて、「気にならない」と言えば嘘になります。
 いつまでも気にしていると、また引き寄せてしまうらしいのですが、なかなか忘れることができません。

 それに。
 社宅ではいっさい足音をさせなかった【彼】が、実家の狭いベランダでは、躊躇ちゅうちょなく歩き回る音を響かせている。

 それを考えると、もしかしたら。

 社宅の【彼】と、実家に現れた【彼】は、別モノかもしれない――。


 まあ、ともかく。

 こうして、あなたに向かって語り、文字にしてもらうことで、少しでも供養になればいいのですが――。


★photo ⇒ cocoparisienne (Pixabay)




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