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第14話 ヘパイストスの陰謀

14. 過去形(4) 一般動詞の否定文・疑問文

(6/15 パンドラ宅②)

閑静な高級住宅街の一角に、一軒だけ白を基調に何色ものパステルカラーで彩られている家がある。
下手をすれば近隣から「景観利益の侵害」とまで訴えられそうな家ではあるが、今のところこれと言った苦情は出ていないようだ。
もっとも苦情が入るとすれば、別件であろう。
というのも、その家は正面から見ると確かに可愛いお菓子のお家のようにも見えるのだが、裏手に回ると、それはそれは汚いただの掘っ立て小屋であった。
もともと青色だったはずのトタン屋根は見事な赤さびに侵されて、所々に穴が開いている。
壁に塗られた白いペンキは白樺の木のように剥がれ落ち、壁全体がまだら模様になっていた。
勝手口のドアは上部の蝶番が外れており、壁とサッシの間にくさび形の隙間ができている。
今日こそ晴れてはいるものの、雨でも降ろうものならこの家は、一体どんな被害を受けるのか。――
と、そこへ、1人の男が勝手口のドアを重たそうに開けて中から姿を現した。
もちろんパンドラ宅の人間(?)であることには間違いない。
が、その男は美少女パンドラからはとても想像のつかない怪物のような容姿をしていた。
男は、外から勝手口、壁、屋根と一通り見回すと、何事もなかったかのようにまた家の中へと戻っていった。
彼の名はヘパイストス――ローマ神話ではウゥルカヌス(Vulcanus)となり、英語のボルケーノ(volcano=『火山』の意)の語源となった――といい、ここではパンドラの父親である。「神々の中で一番ぶさいくな男」と評判の彼は、最高神ゼウスと正妻ヘラの息子で火と鍛冶の神である。彼は神々の中でも高貴な生まれではあったが、その容姿の醜さゆえに幼い頃から母親ヘラに嫌われ、虐待されていた。そしてついに母親によって下界に突き落とされたヘパイストスは、やがて母親に対する復讐心に火を点けることになる。一方で彼は、ギリシア神話一のものづくり職人で、どんなものでも作ることができた。泥から人類初の女性パンドラを作ったのも彼である。
現在、彼は自宅の片隅に工房を構え、日々製作に励んでいるが、何を作っているのかは謎である。

「ども! 家庭教師のタムラです」
「あ、先生、こんにちわー!」と、パンドラが玄関ドアからひょいと顔を出した。
おやじ心をくすぐる潤んだ瞳。
赤ちゃんのように小さい鼻。
ほんのりとバニラフレーバーが漂う艶のある唇。
ふんわりと横に流した前髪が、その小顔をより一層引き立てている。
そして、その可愛らしいお顔の上には、……ギョッ。
「よう、先生」
ギョロっと飛び出した目玉に、どす黒い肌の男がこちらを見ている。――
「ど、ども。お父さん」
「何、びっくりしてんのや?」作業服姿のヘパイストスが言う。「キモっ、てが? ヒーヒッヒッヒ」
(そのとーし!)
「何か言ったか?」
「い、いや、別に」
「まぁ、いいや。なぁ、先生。ちょっと、わしが作った椅子に座ってみてもらえんか」
「椅子? ですか」
「ああ。これなんだが」
見るとそこには、金色に輝く何とも贅沢な椅子が置かれていた。
「はっ、そのペガソスにまたがる4人の騎手の文様は、……」
「そうさ、……獅子狩文錦よ。ヒーヒッヒッヒ」
「いいんですか、座っても。なんか申し訳ないなぁ」
「いいとも。座り心地を確かめてもらいたいだけさ」
「では」と、俺は恐る恐るそのきらびやかな椅子に腰を下ろした。
――何だ? このフィット感。座っているだけで癒される。あー、もう立てない、立ちたくない。このまま永遠に座っていたぁいたぁぁいたぁぁぁい、……。
と、思っていた矢先に、
ビュルッ
「わっ、何じゃこりゃ。わっ、わっ、ひーっ、助けてー!」
背板から、肘掛けから、前脚から細い鎖のようなものが出てきて、一瞬のうちに俺の体は椅子に縛り付けられてしまった。
「どうだい、先生、……座り心地は。ヒーヒッヒッヒ」
「いや、『どうだい』って言われても、……」俺は身動きできないまま言った。「ところで、何ですか? この椅子」
「ん? 母親へのプ・レ・ゼ・ン・ト」
「はぁ? こんなの喜びますかねぇ?」
「誰が喜ばすと言った? いいの、いいの。ヒーヒッヒッヒ」
一体、彼は何を企んでいるのか。
訝しがる俺を尻目に見ながら、ヘパイストスは満足そうに工房へと戻っていった。
――どうでもいいけど、この鎖、何とかしてくれー!

「どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『過去形(4) 一般動詞の否定文・疑問文』ね。と、そ・の・ま・え・に。まずは復習。はい、『私はテニスをします』を英語で言ったら?」
「I play tennis.」
「そのとーし! じゃあ、『私はテニスをしました』っていう過去の文だったら?」
「I played tennis.」
「そのとーし! 過去の文にするときは動詞を過去形にすればよかった。play は規則動詞だから、ed をつければ過去形になるね。じゃあ、『彼は学校に行きました』だったら?」
「He goed(×)」
「まてまてまてまて、go は不規則動詞だぞ」
「あ、そっか」
「さて、go の過去形って何だったっけ?」
「うーん、……」
「はい、テキスト、テキスト」
「……、あった。went」
「そ。てことは?」
「He went to school.」
「そのとーし! ここまで、いい?」
「うん」
「んで、次。さっきの I play tennis. を『私はテニスをしません』っていう否定文にするときは?」
「I don’t play tennis.」
「おぉ。よくできた。play は一般動詞の現在形だから、否定文にするときは<don’t +動詞の原形~>あるいは<doesn’t +動詞の原形~>にすればよかった。で、今は主語が I だから、<don’t +動詞の原形~>にしたわけだ」
「そうなんだぁ」と、パンドラがあっけらかんとして言う。
「え? お前、わかってる?」
「うん。なんとなーく」
「いやいやいやいや、『なんとなーく』じゃ、先に進めんぞ」
「じゃあ、わかってる」
「『じゃあ』って何だ、『じゃあ』って。ま、ダメなら<アテナの黙示録8>を復習すること。いい?」
「はーい」
――その返事は本物か?
「んで、本題。I played tennis. みたいに、一般動詞の過去形の文を否定文にするときは、どうするか」
「I wasn’t(×)」
「おいっ。その wasn’t は、どっから出てきた?」
「え、だって過去の文だから、wasn’t かな? って」
「それはダメ」
「くそっ」
「女の子が『くそっ』とかって言うな」
「んこ」
「おしっ。いがぁ、be動詞の文であれば、否定文にするときは、be動詞のうしろに not を入れるだけでいいんだけど、I played tennis. っていう文は、be動詞の文じゃないよね。文中に is/am/are/was/were なんて、どこにもないでしょ」
「たしかに、たしかにー、アハハハハ」
「……」
「どうしたの? 先生」
「いや。(可愛いなぁ、と思って。て、違―う! わしをおちょくっとんのか、ワレ)」
「で?」
「(『で?』って、……こんな小娘に負けるな、俺!) よって、wasn’t は使わない、ってことよ」
「そうなんだー」と、天然娘がニッコリ笑う。
――笑顔には笑顔で返す、……これ常識。
俺もニッコリ笑って、「そうなんです」と、返すと、
「……」
無表情で俺を見つめるパンドラ。
「(何や? キモっ、てが? ……、ふざけんなっ!) じゃあ、どうするかっちゅーと、はい、<アテナの黙示録14>を見てみましょ。

<アテナの黙示録14> 過去形(4) 一般動詞の否定文・疑問文
【1】一般動詞(過去形)の否定文のつくり方
|★一般動詞(過去形)の否定文は、動詞の原形の前に did not を入れてつくる。
||例1)肯定文:I played tennis.(私はテニスをしました)
|||||否定文:I did not play tennis.(私はテニスをしませんでした)
||例2)肯定文:He went to school.(彼は学校に行きました)
|||||否定文:He did not go to school.(彼は学校に行きませんでした)
||※did を使ったら、うしろは動詞の原形にする(=規則動詞の場合は ed をとる)。
||※did not = didn’t

いがぁ、【1】から。結論から言えば、一般動詞(過去形)の否定文は、動詞の原形の前に did not(=didn’t)を入れてつくる、ってことね。I played tennis. であれば、played の前に did not を入れて、で、はい、ここ注意よん。うしろは動詞の原形なんだから、played の ed をとる、ってことね」
「な~んだ、doesのときと同じじゃ~ん」
「そのとーし! does のときも、does を使ったら述語動詞についてた3人称単数現在の s をとるんだった。なんだ、わかってんじゃん」
「エヘ」
「てことは、I played tennis. を否定文にしたら、どうなるんだい?」
「I didn’t play tennis.」
「てことさ。ちなみに意味は?」
「私はテニスをしませんでした」
「そ。OK?」
「うん」
「じゃあ、He went to school.(彼は学校に行きました)を否定文にしたら?」
「He didn’t go to school.」
「そのとーし! よくできた。didn’t のうしろは動詞の原形だからね、過去形の went を原形の go に直す、……いでしょ。ちなみに意味は?」
「彼は学校に行きませんでした」
「そ。OK?」
「うん」
「んで、次、【2】、疑問文。

【2】一般動詞(過去形)の疑問文のつくり方
|★一般動詞(過去形)の疑問文は、<主語+動詞の原形>の前に did を置いてつくる。
||例1)肯定文:You played tennis.(あなたはテニスをしました)
|||||疑問文:Did you play tennis?(あなたはテニスをしましたか)
||例2)肯定文:He went to school.(彼は学校に行きました)
|||||疑問文:Did he go to school?(彼は学校に行きましたか)
||※did を使ったら、うしろは動詞の原形にする(=規則動詞の場合は ed をとる)。
【3】一般動詞(過去形)の疑問文の答え方
|★疑問文には普通、Yes, ~./No, ~ not. で答える。
|★did の疑問文には did で答える(=was/were は使わない)。
||例1)Did Nancy play tennis?(ナンシーはテニスをしましたか)
|||||―Yes, she did.(はい、<彼女は>しました)
|||||―No, she did not.(いいえ、<彼女は>しませんでした)
||※答えの文では、代名詞(=この場合は Nancy の代わりに she)を主語にする。
||例2)Did you play tennis?(あなたはテニスをしましたか)
|||||―Yes, I did.(はい、<私は>しました)
|||||―No, I did not.(いいえ、<私は>しませんでした)
||※Did you ~? には、Yes, I did./No, I did not. で答える。

さて、You played tennis.(あなたはテニスをしました)を疑問文にするときは、どうするか」
「Were you(×)」
「おいっ。その were はどっから出てきた?」
「え? you だから、なんとなく、……」
「いやいやいやいや、お前やっぱり、わかってないな」
「エヘ」
「さっきも言ったけど、これは一般動詞の文なんだから、be動詞は使えないよ。もし文中に is/am/are/was/were があるんだったら、is/am/are/was/were を主語の前に出せば疑問文になるけどね、それはbe動詞の文の話。今は一般動詞の文だからね」
「なんか混乱してきた」
「うん。そんな感じだね。てことで、パンドラは今日の授業が終わったら、もう1度、<アテナの黙示録1>からじっくりと復習すること。OK?」
「はーい」
「(その『はーい』に何度、騙されたことか。)ま、取りあえず先に進むよ。これも結論から言えば、一般動詞(過去形)の疑問文は、<主語+動詞の原形>の前に did を置いてつくる、ってことね。てことは、今の You played tennis. を疑問文に直したら?」
「Did you play tennis?」
「そのとーし! did を使ったら、うしろは動詞の原形なんだから、played の ed をとる、……いでしょ。ちなみに意味は?」
「あなたはテニスをしましたか」
「そ。んで、He went to school. を疑問文に直したら?」
「Did he go to school?」
「そのとーし! did を使ったら、うしろは動詞の原形なんだから、過去形の went を原形の go に直す、……いでしょ。ちなみに意味は?」
「彼は学校に行きましたか」
「そ。じゃあ、今の疑問文に yes で答えたら? 【3】を参考にしていいよ」
「Yes, he did.」
「そのとーし!」
「わーい!」
「did で聞かれたら、did で答える。no だったら?」
「No, he didn’t.」
「そのとーし!」
「パンドラ、これはわかるよ」
「んだか。じゃあ、Did you play tennis? に yes で答えたら?」
「うんとねー、これはねー、Yes, I did.」
「そのとーし!『あなたは~か』って聞かれてるんだから、答えるときは『私は~』だよね、……いでしょ。はい、ここまで、どっか質問ある?」
「なーい」
「おしっ。んで、<スピンクスの謎14>をやってみましょ。

<スピンクスの謎14> 過去形(4) 一般動詞の否定文・疑問文
次の英文を否定文に書き換えなさい。
(1) Tom used this room yesterday.
(2) She studied math last night.
(3) They came here three years ago.
次の英文を疑問文に書き換え、yes/no で答えなさい。
(4) You walked to the park.
(5) He bought a new bike yesterday.

はい、(1)から、書き換えた英文読みぃ」

次の英文を否定文に書き換えなさい。
(1) Tom used this room yesterday.

「Tom didn’t used(×)」
「まてまてまてまて、didn’t を使ったら、……」
「あ、Tom didn’t use this room yesterday.」
「そのとーし! didn’t のうしろは動詞の原形だからね。ed をとる(used の場合は d だけをとる)よ。ところで、なんで didn’t を使ったの?」
「ん? なんでだろ?」
「じゃあ、まず、これはbe動詞の文? それとも一般動詞の文?」
「一般動詞の文」
「だよね。文中に is/am/are/was/were なんてどこにもないからね。てことは、否定文にするときは、don’t か doesn’t か didn’t を使うわけだ。で、この文は現在の文なの? 過去の文なの?」
「過去の文」
「うん。used っていう一般動詞の過去形があるもんね。あるいは yesterday っていう過去を表す語句がある。よって、否定文では didn’t を使う、ってことよん」
「……」
「混乱してる?」
「うん」
「ま、それは復習不足と練習不足が原因だと思われますので、パンドラは今日の授業が終わったら、もう1度、<アテナの黙示録1>からじっくりと復習すること。OK?」
「はーい。あれ? 先生、それ、さっきも言わなかった?」
「うん、忘れちゃってるかな~? と思ってね」
「そうなんだー、アハハハハ」
「アハハハハ」
「先生?」
「ん?」
見ると、
――出たー、無表情女。
「パンドラのこと、馬鹿にしてるでしょ」
「いやいやいやいや、してない、してない。何事も念には念を入れて、ってね」
「そっか。おしっ、次」
――それ、俺のセリフ。
「ま、その前に、今の否定文の意味は?」
「トムは昨日この部屋を使いませんでした」
「おしっ。んで、次、(2)、書き換えた英文読みぃ」

次の英文を否定文に書き換えなさい。
(2) She studied math last night.

「She didn’t study math last night.」
「そのとーし! ところで、なんで didn’t を使ったの?」
「一般動詞の過去の文だから」
「お、やるねぇ、正解!」
「わーい」
「ちなみに意味は?」
「彼女は昨夜数学を勉強しませんでした」
「そ。はい、次、(3)、書き換えた英文読みぃ」

次の英文を否定文に書き換えなさい。
(3) They came here three years ago.

「came って come の過去形?」
「そうだよ」
「じゃあ、They didn’t come here three years ago.」
「そのとーし! 素晴らしい!」
「エヘ」
「didn’t のうしろは動詞の原形にするんだから、過去形の came を原形の come にする、いいよー、よくできた。ちなみに意味は?」
「彼らは3年前にここに来ませんでした」
「おしっ。んで、次、(4)、書き換えた英文と答えの文読みぃ」

次の英文を疑問文に書き換え、yes/no で答えなさい。
(4) You walked to the park.

「Did you walk to the park?」
「そのとーし! ところで、なんで did を使ったの?」
「もとの文にbe動詞がないし、過去の文だから」
「おぉ、なんで過去の文だ、ってわかった?」
「だって、walk に ed がついてるもん」
「そのとーし! 完璧な答えだよ」
「わーい、……パンドラ、意外とわかってるじゃん」と、喜ぶパンドラ。
「そうだね。んで、それを確実なものにするためにも、パンドラは今日の授業が終わったら、もう1度、<アテナの黙示録1>からじっくりと復習をすること。OK?」
「はーい。あれ? 先生、それ、さっきも言わなかった?」
「え? そうだっけ?」
「うーん、……なんとなくそんな気がする」
――いやいやいやいや、間違いなく言ったから。
「で、今の疑問文に yes で答えたら?」
「Yes, I did.」
「おぉ、no だったら?」
「No, I didn’t.」
「うん、いいねー。ちなみに書き換えた英文の意味は?」
「あなたは公園に歩いて行きましたか」
「おしっ。はい、ラスト、(5)、書き換えた英文と答えの文読みぃ」

次の英文を疑問文に書き換え、yes/no で答えなさい。
(5) He bought a new bike yesterday.

「ん? bought って?」
「buy(買う)の過去形。不規則動詞だよ」
「じゃあ、Did he buy a new bike yesterday?」
「そのとーし! ちなみに意味は?」
「彼は昨日新しい自転車を買いましたか」
「うん。じゃあ、yes で答えたら?」
「Yes, he did.」
「おぉ、no だったら?」
「No, he didn’t.」
「おしっ、……いでしょ。よくできた」
「ふぅ。終わり?」
「うん。ま、あとはじっくりと復習しておくれ」
「え? 何を?」と、きょとんとして俺を見つめるパンドラだった。

――やっぱりなぁ。

<オイディプスの答え14> 過去形(4) 一般動詞の否定文・疑問文
(1) Tom didn’t use this room yesterday.
(2) She didn’t study math last night.
(3) They didn’t come here three years ago.
(4) Did you walk to the park?
―Yes, I did./No, I didn’t.
(5) Did he buy a new bike yesterday?
―Yes, he did./No, he didn’t.

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