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第21話 オルっぺと2人目の神父

21. 代名詞(1) 人称代名詞の格変化

(7月20日 オルっぺ宅②)

教会の扉を開けると、中には長い廊下があり、その突き当たりが礼拝堂の入り口になっている。
天窓から差し込む自然の光が唯一の照明らしく、辺りは昼間でも森の中の小道のように薄暗かった。
両壁には何台かの燭台が掛けられていたが、これらはおそらく夜用だろう。
廊下の左側手前には小部屋が1つあり、その奥には2階に上る階段があった。
右側には手前から神父の部屋、食堂、トイレと順にあり、今、オルっぺは食堂で神父と一緒に夕食の準備をしている。
「オルっぺ、今日はお前の好きな茄子のチーズ焼きとかぼちゃのスープにしようと思うけど、……いいかな?」
「はい」
「では、野菜室に材料があるから、取ってきておくれ」
この神父は、オルっぺがこの教会に来て以来、2人目の神父、――最初の神父はオルっぺがここに来てまもなく行方不明になっている――で、とても優しく紳士的で、いつもオルっぺを我が子のように可愛がっていた。
そしてオルっぺもまた、彼のことを「お父さん」と呼ぶほど慕っていた。
以前はこの教会に、もう1人孤児が住んでいたが、今は神父とオルっぺの2人暮らしだった。――
「さて、できた。運んでおくれ、オルっぺ。熱いから気をつけて」
「はい」と言って、オルっぺは熱々の料理を盆に載せ、こぼさないように慎重にテーブルまで運ぶと、ゆっくりと席に着いた。
「では、食事前のお祈りを」
「はい」
と、静かに目を閉じると、寡黙な少年は祈りの言葉を呟いた。
「神様、仏様、天神様、神父様、……恵みに感謝して、この食事をいただきます。アーメン」
すると神父は穏やかな声で、「足りないな」と言った。
「え?」
と、目を開けると、目の前の神父が優しく微笑んでいる。
「調理したのは私だが、……では、この茄子やかぼちゃは誰が作ったのだろう?」
「……」
「誰が畑を耕したのだろう? 誰が出荷したのだろう? 誰が安全かどうか検査したのだろう? 誰がトラックでスーパーまで運んだのだろう? 誰がスーパーで売ってくれたのだろう?」
「……」
「そう考えると、どれだけ多くの人々のおかげで、私たちが食事をすることができるのか、こうして生きていられるのか、……わかるね」
「はい」
「もちろん、それを1年365日1日24時間ずっと考えている必要はないよ」
「……」
「だからといって、忘れてもいけない」
「……」
「だから、せめて食事をする前とか、それが難しいのなら、週に1日1分でもいいから、思い起こして、生きていることに感謝するのもいいだろう。そうすれば、悲しいことや辛いことがあったときでも、意外と早く立ち直ることができたりするものだよ。人は、困難を避けては生きられないからね」
「……」
「では、冷めないうちにいただこうか」
「……、いただきます」
オルっぺはスープを啜りながら、ふと思い出したかのように、神父の顔を見た。
「お父さん、……」
「ん?」と、神父はスプーンを置いた。「なんだい? オルっぺ」
「……」
「どうかしたかな?」
「いや、……あのう、『死者の国』って、……」
オルっぺは、スプーンでスープを掬いかけたが、手を止め、それをじっと見つめていた。
「あるよ、……確かに」
と、神父はオルっぺの様子を窺っていた。
オルっぺがこう切り出すのは初めてのことではない。
これまで幾度もあったが、神父はその度にしっかりと耳を傾けてきた。
「どこに、……ありますか?」
「それはヘルメスにしかわからないだろうな」
ヘルメスは神々の使者で、弁士・職人・商人・泥棒・旅人の神である。ローマ神話ではメルクリウス(Mercurius)、英語ではマーキュリー(Mercury=「水星」の意)と同一視される。また、ヘルメス(Hermes)――フランス語読みでエルメス――は、ブランド名としても有名である。
「そうですか」
「いいかい、オルっぺ。『死者の国』は確かにある。でもね、生きた人がそこに行ったら」
「二度とこの世には戻れない、……ですよね」
神父は黙って頷いた。

「ども! 家庭教師のタムラです」
扉が開くと、神父が出てきた。
「今晩は、先生、……どうぞ。2階におりましたので、今日もよろしくお願いします」
「はい。ところで、……いかがですか? その後」
と、俺は2階を見上げた。
「まぁ、相変わらずです」
と、神父は笑みをこぼした。

「どぉれ、やっぞぉ。今日のテーマは『代名詞(1) 人称代名詞の格変化』ね。早速、<アテナの黙示録21>を見てみましょ。

<アテナの黙示録21> 代名詞(1) 人称代名詞の格変化
【1】人称代名詞の格変化
|★文中で名詞の代わりに使われる語を代名詞という。
|★「私(たち)/あなた(たち)/彼(ら)/彼女(ら)/それ(ら)」を意味する代名詞を特に人称代名詞といい、それぞれ、主格、所有格、目的格、所有代名詞がある。
||以下:主格(~は/が)/所有格(~の)/目的格(~に/を)/所有代名詞(~のもの)
||(単数)
||私:I/my/me/mine
||あなた:you/your/you/yours
||彼:he/his/him/his
||彼女:she/her/her/hers
||それ:it/its/it/―
||(複数)
||私たち:we/our/us/ours
||あなたたち:you/your/you/yours
||彼ら・彼女ら・それら:they/their/them/theirs
|||※主格…「~は/が」の意味で、主語になる形。
||||例)I am a student.(学生です)
|||※所有格…「~の」の意味で、所有を表し、うしろには必ず名詞がくる。この場合、a などの冠詞をつけないことに注意する。
||||例)This is my pen.(これは私のペンです)
|||※目的格…「~に/を」の意味で、動詞や前置詞の目的語になる。
||||例1)He knows me.(彼は知っています)
||||例2)She plays tennis with me.(彼女は私いっしょテニスをします)
|||||※with は「~といっしょに」を意味する前置詞。
|||※所有代名詞…「~のもの」の意味で、所有物を表す。
||||例)This pen is mine.(このペンは私のものです)

いがぁ、【1】、……文中で名詞の代わりに使われる語を代名詞、っていうんだけど、特に『私(たち)/あなた(たち)/彼(ら)/彼女(ら)/それ(ら)』を意味する代名詞を人称代名詞、っていうのね。で、それぞれ、『~は/が』の意味で主語になるときは主格、『~の』の意味で所有を表すときは所有格、『~に/を』の意味で動詞のうしろで使われるときは目的格、『~のもの』の意味で所有物を表すときは所有代名詞、っていう形になるよ。例えば、『私は学生です』っていう文の『私は』は、この文の主語なんだから、my とか、me とか、mine じゃなくて、I を使って、I am a student. ってなるわけよ。いい?」
「はい」
「じゃあ、『私のペン』を英語で言ったら? テキストを見ながらでいいよ」
「my pen」
「そのとーし! 『私の』なんだから、my を使えばいいね。じゃあ、『彼は私を知っています』な~んて言うときは? 英語の語順は『彼は/知っています/私を』だからね、He knows」
「me」
「てことさ。『私を』なんだから、me を使えばいいね。OK?」
「はい」
「じゃあ、『このペンは私のものです』な~んて言うときは? 英語の語順は『このペンは/です/私のもの』だよ」
「This pen is mine.」
「そのとーし! 『私のもの』は、mine ね。OK?」
「はい」
「と、い・う・こ・と・で、どんな問題でもできるように、暗記すっぞぉ!」
「……」
「はい、リピート・アフター・ミー、だ。はい、上から、アイ・マイ・ミー・マイン」
「アイ・マイ・ミー・マイン」
「ユー・ユア・ユー・ユアーズ」
「ユー・ユア・ユー・ユアーズ」
「ヒー・ヒズ・ヒム・ヒズ」
「ヒー・ヒズ・ヒム・ヒズ」
「シー・ハー・ハー・ハーズ」
「シー・ハー・ハー・ハーズ」
「イトゥ・イツ・イトゥ」
「イトゥ・イツ・イトゥ」
「そ、it の所有代名詞はないからね。あ、それから、its と it’s は同じ発音だけど、全然違う単語なんで。its は『それの』、it’s は『it is の縮約形』ね。OK?」
「はい」
「おしっ、んで、続き。ゥイー・アウア・アス・アウアーズ」
「ゥイー・アウア・アス・アウアーズ」
「ユー・ユア・ユー・ユアーズ」
「ユー・ユア・ユー・ユアーズ」
「そ、you には『あなたは』の他に、『あなたたちは』っていう意味もあるからね。はい、次。ゼイ・ゼア・ゼム・ゼアーズ」
「ゼイ・ゼア・ゼム・ゼアーズ」
「おしっ、んで、上から全部、読みぃ」
「アイ・マイ・ミー・マイン、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ヒー・ヒズ・ヒム・ヒズ、シー・ハー・ハー・ハーズ、イトゥ・イツ・イトゥ、ゥイー・アウア・アス・アウアーズ、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ゼイ・ゼア・ゼム・ゼアーズ」
「おしっ、もう1回!」
「アイ・マイ・ミー・マイン、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ヒー・ヒズ・ヒム・ヒズ、シー・ハー・ハー・ハーズ、イトゥ・イツ・イトゥ、ゥイー・アウア・アス・アウアーズ、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ゼイ・ゼア・ゼム・ゼアーズ」
「はい、もう1回!」
「アイ・マイ・ミー・マイン、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ヒー・ヒズ・ヒム・ヒズ、シー・ハー・ハー・ハーズ、イトゥ・イツ・イトゥ、ゥイー・アウア・アス・アウアーズ、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ゼイ・ゼア・ゼム・ゼアーズ」
「おしっ。んで、今言ったやつ全部、ノートに10回ずつ書きぃ!」
「……」
憂鬱そうな顔をさらに憂鬱そうにして、オルっぺは無言で書きだした。
――頑張れ、オルっぺ。この経験をいつか、よき思い出として語り合える日が来ることを、俺は祈ってるよ。それまでは、……。
「書きました」
「ん? ん、……んで、次。【2】を見ておくれ。

【2】再帰代名詞
|★「~自身」を意味する代名詞を再帰代名詞という。
||(単数)
||myself(私自身)
||yourself(あなた自身)
||himself(彼自身)
||herself(彼女自身)
||itself(それ自身)
||(複数)
||ourselves(私たち自身)
||yourselves(あなたたち自身)
||themselves(彼ら自身・彼女ら自身・それら自身)
|||例)Do it yourself.(あなた自身でそれをしなさい)
|★「前置詞+~self」で決まった言い方になる。
||例)by ~self(ひとりで/独力で), for ~self(独力で/自分のために)

いがぁ。『~自身』っていう意味の代名詞を再帰代名詞、っていうよ。よくホームセンターの看板やチラシなんかで見かける、Do it yourself. あれは『あなた自身でそれをしなさい』ってことね。do-it-yourself(日曜大工)っていう単語もあるよ、……よく、DIY って略すけど、聞いたことあるでしょ」
「はい」
「まぁ、この辺は単語の問題なんで、スペル練習、よろしく。あ、あと、アクセント注意だね。-self で終わる単語は必ずそこを強く読む、つまり[セルフ]の[セ]を強く読むってことよん。OK?」
「はい」
「んで、どっか、……質問ある?」
「……、『前置詞』って、何ですか」
「だよね、……よくテキストを見てた。素晴らしい! まぁ、あんまり新しいことをやると混乱するかと思って、わざと触れなかったんだけど、実はこれ、超重要。『前置詞』っていうのは、例えば、『朝に(=in the morning)』の『に(=in)』とか、『机の上に(=on the desk)』の『の上に(=on)』みたいに、うしろに名詞や代名詞を伴って主に『とき』や『場所』を表す修飾語をつくる単語なんだけど、【1】の『※目的格…』のところを見ておくれ。例2)に『私といっしょに(=with me)』ってあるでしょ。その『といっしょに(=with)』も前置詞の仲間なのね。で、ここからが大事。この前置詞のうしろに人称代名詞がくる場合は目的格にする、っていうルールがあるわけさ。よって、『私といっしょに』であれば、with me だし、『彼といっしょに』であれば? with」
「him」
「そ。『彼女といっしょに』だったら?」
「with her」
「てゆーこと。間違っても、with I(×)とか、with he(×)とか、with she(×)とは言わないよ、ってことね。OK?」
「はい」
「おしっ。んで、<スピンクスの謎21>をやってみるぞよ。

<スピンクスの謎21> 代名詞(1) 人称代名詞の格変化
日本語の意味に合うように、次の英文の(  )内に適語を入れなさい。
(1) 彼女は私たちの先生です。
( ) is ( ) teacher.
(2) これはあなたの本ですか。
Is this ( ) book?
(3) 私の父は昨日私に素敵な腕時計をくれました。
( ) father gave ( ) a nice watch yesterday.
(4) 私たちはこの前の日曜日に彼らといっしょに野球をしました。
( ) played baseball with ( ) last Sunday.
次の2つの英文がほぼ同じ意味になるように(  )内に適語を入れなさい。
(5) This is her book.
=This book is ( ).

はい、(1)から、……答え入れて読みぃ」

日本語の意味に合うように、次の英文の(  )内に適語を入れなさい。
(1) 彼女は私たちの先生です。
( ) is ( ) teacher.

「……」
「慣れないうちは、テキストを見ながらでいいからね」
「She is our teacher.」
「そのとーし! 『彼女は』はこの文の主語だから、主格の she を使えばいい。『私たちの』は所有格の our を使えばいいね。はい、次、(2)、答え入れて読みぃ」

日本語の意味に合うように、次の英文の(  )内に適語を入れなさい。
(2) これはあなたの本ですか。
Is this ( ) book?

「Is this your book?」
「そのとーし! 『あなたの』は your ね。ちなみに、これに、yes で答えたら?」
「Yes, this is.(×)」
「まてまてまてまて、this は答えの文では使えない」
「Yes, it is.」
「そ。No だったら?」
「No, it isn’t.」
「おしっ。いでしょ。はい、次、(3)、答え入れて読みぃ」

日本語の意味に合うように、次の英文の(  )内に適語を入れなさい。
(3) 私の父は昨日私に素敵な腕時計をくれました。
( ) father gave ( ) a nice watch yesterday.

「My father gave me a nice watch yesterday.」
「そのとーし! 『私の』は my ね。『私に』は目的格の me を使えばいい。ところで、gave って何の過去形だっけ?」
「give」
「おお、よく覚えてた。give は『与える』っていう意味の不規則動詞だった。はい、次、(4)、答え入れて読みぃ」

日本語の意味に合うように、次の英文の(  )内に適語を入れなさい。
(4) 私たちはこの前の日曜日に彼らといっしょに野球をしました。
( ) played baseball with ( ) last Sunday.

「We played baseball with」
「with は前置詞の仲間、……前置詞のうしろは目的格、よって」
「We played baseball with them last Sunday.」
「そのとーし! 『私たちは』は we を使う。『彼らといっしょに』の『といっしょに(=with)』は前置詞の仲間だからね、うしろは目的格を使うよ。この場合は『彼らに』とか『彼らを』っていう意味じゃないから、要注意だね。はい、ラスト、(5)、答え入れて読みぃ」

次の2つの英文がほぼ同じ意味になるように(  )内に適語を入れなさい。
(5) This is her book.
=This book is ( ).

「This book is hers.」
「そのとーし! よくできた。もとの文の意味は『これは彼女の本です』だよね。下の文の主語は this book だから、同じ意味にするには『この本は彼女のものです』っていう文にすればいい。『彼女のもの』は hers ね。いでしょ。はい、通して、どっか、質問あるかい?」
「……、特にないです」
と、寡黙な少年は俯きながら呟いた。
「では、本日終了! おつかれさ~ん」

夜10:00――
燭台に灯されたロウソクの火を、1つ、また1つと消しながら、神父が2階へと上っていく。
オルっぺの部屋の前まで来ると、彼は静かにドアをノックした。
「オルっぺ、そろそろ寝る時間だよ」
ドア越しにオルっぺの
(はい)
を確認すると、
「では、就寝前のお祈りを」
と、神父は言った。
(はい。アイ・マイ・ミー・マイン、ユー・ユア・ユー・ユアーズ、ヒー・ヒズ・ヒム・ヒム、あ、間違った)
神父は目を丸くして、ドアに背を向けた。
「おぉ、神よ、……どうかこの迷える子羊を救いたまえ」

<オイディプスの答え21> 代名詞(1) 人称代名詞の格変化
(1) She, our
(2) your
(3) My, me
(4) We, them
(5) hers

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