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年間来場者数16万人の観光農園の秘密とは?!

広島県の中北、標高500mの山間にある平田観光農園は、1年中果物狩りが楽しめる人気のスポットです。マツダスタジアム3個分の広大な園にブドウやリンゴなどさまざまな果物が実ります。

スタートはここから。さながら果物のテーマパークといった雰囲気

 果物狩りといえば食べ放題が一般的ですが、こちらではチケット制の“ちょうど狩り”と名付けられた独自のシステムを10数年前から導入しています。また国産ドライフルーツ生産の先駆者でもあるなど、斬新な挑戦を続けている会社であることでも知られます。今回は“ちょうど狩り”の発案者でもある、加藤 瑞博さんに話を伺いました。

加藤 瑞博かとう みつひろさん
1977年愛知県生まれ。ブドウ栽培が専門。国産のドライフルーツを生産販売する、(株)果実企画の代表も務める。平田観光農園は1955年に先代会長の平田昌明さんがリンゴ園を開園したことを始まりとし、1985年に現会長の平田克明さんが(有)平田観光農園として法人化する。現在15haある畑では14樹種150品目を除草剤不使用の草生栽培で栽培する。

果物狩り食べ放題の常識を変えた“ちょうど狩り”

ちょうど狩りのチケット

ーまずは“ちょうど狩り”について教えてください。
チケット制の果物狩りのことです。果物ごとに収穫に必要な枚数が「1個あたり何枚」とあらかじめ決まっており、お客様は枚数と引き換えに果物を収穫します。実施時期は8月上旬から11月上旬までで来場者の9割以上が選んでくださっています。
最大の特徴は本人だけでなく、家族やグループでシェアできること、食べきれなければチケット分の果物を持ち帰られることです。カップルや女性同士、ご家族などでお見えになる方が多いのですが、例えば家族4人ならまずリンゴを1個とって、みんなで食べる。それでも3枚しか減らないので、じゃあ、次の果物を選ぼうという感じで、いろいろな果物が食べられます。“ちょうど狩り”には好みも量も「ちょうどいい」といった意味を込めました。

スイーツやカレーが楽しめるカフェや、テイクアウトカフェもある

ーそもそも対象の果物の種類が多いと聞いています。
さまざまな種類の果物を栽培しているので、時期によってはナシやブドウ、リンゴ、プルーン、ブルーベリー、イチジクなどいろいろな果物が選べます。

赤くつややかな「陽光」。長寿の樹木が多く、どの樹も幹が太い

―2010年からスタートしたとお聞きしました。果物狩りの食べ放題が全盛の時期で、代金の元をとる風潮もあった気がします。その頃のお話を伺わせてください。
“ちょうど狩り”を始める前もお陰様でにぎわっていて、ワンシーズンでブドウ狩りに約2万人の方にお越しいただいていました。特に土日はごった返すほどでしたが、夕方に片付けをするときには食べ残しが多く見つかり、私たちは非常に残念な思いをしていたんです。食べきってから次に移るのがルールですが定着しておらず、向こうの畑で「このブドウおいしい!」などと聞こえたら、今食べているブドウを置いて向こうに行ってしまう方もおられるほどでした。

―もったいないことが起きていたのですね。
当時は4haの畑に20万房ぐらいの大量のブドウをつくっていました。食べ放題はお客様がどれくらい食べられるか予測がつきづらいのです。当時、園では一人あたり10房の消費と見ていました。3房食べるかもしれない、3房買って帰るかもしれない。残り4房がちょっとわからないけれど、用意はしておこう、と。

―生産管理も大変だったのですね。
はい。そこで脱・食べ放題を目指し、思いついたのが“ちょうど狩り”。加えてよそさまにはない特色を出したいと考えて果物の種類を多くしたわけです。現在は時期によっては前述のようにいろんな果物が食べられます。

シャインマスカット畑(写真は11月上旬)。皮ごと食べられるため、近年特に人気が高い品種

―導入まではスムーズでしたか。
従来どおりの食べ放題も続けていましたから、ポスターを作るなどしてアピールをしましたが、最初の2年ぐらいは「何を言っているかよくわからない」といった反応でした。ようやく定着したのが4年目ぐらいでしょうか。

―定着することで来園者の意識も変わったでしょうね。
お客さんがハサミでブドウをとる“1チョッキン”への想いは変化したと思います。チケット枚数を数えて選び抜いてから収穫するといった具合になったのではないでしょうか。また収穫始まりのブドウ畑には1万房ぐらいがぶら下がっていますが、終わりの時期には1000房ぐらいしかありません。収穫始まりとしばらく経ってからではお客さんが受ける印象が違うのは否めませんが“ちょうど狩り”なら1房をとるのが目的ですから、「やったー!まだあったー」となります。“1チョッキン”の瞬間の価値が特別になったと思います。

―生産者としての姿勢に変化はありましたか。
栽培する人間は、市場であまり知られておらず人気がなくても、つくりたい品種があるものなんです。摘み取りできるようにして「市場にあまり出回らないから世の中の人は知らないだけで、こだわって作っているんですよ」とお話しするとお客さんは興味をもってくれます。

―確かに食べてみたくなりますね。
市場では知られていない品種だと、価格を安くせざるを得ません。でもここでなら自分達が思う最適な価格設定ができます。その品種が高価なシャインマスカットよりも高いチケット枚数になる場合もある。そうすると「シャインマスカットより高いブドウっていったいどんな味なんだろう?」って思ってくださるんです。

メタセコイアの小径。防風林の役目もある

国産・無添加のドライフルーツの先駆者として

ー御社ではドライフルーツの加工にいち早く着手されました。そのお話を伺わせてください。
2005年に台風の影響で十何万房の巨峰が落ちてしまいました。ブドウの収穫直前の、9月6日のことでいざ食べ始めるときでした。当社は当時既にジャムやジュースの加工に取り組んでおり、工場もありましたが、そこへ持っていくと巨峰の多さに「こんなにいらない」と言われまして。この量が無駄になるのは悔しいのでジュースやジャム以外の加工品は何かないかと。そこから試験を始めたんですね。思いついたのがドライフルーツで食品工業技術センターに協力いただいてなんとか製造方法にたどりつくことができました。

―最初は苦難からのスタートだったんですね。ドライフルーツの完成までは大変な道のりだったそうですね。
のちのちわかったことですが日本のブドウは特に皮が厚くて乾かすのが大変でした。それでも年内にはなんとか目処がつきました。しかし巨峰ですから種が入っています。それまでの干しブドウはタネがないのが当たり前でしたから、社内で披露すると「そんなの売っちゃだめだよ」といった意見が大半でした。タネがあることをネガティブにとられて、販売できないと判断されたのです。しかし、思い切って広島市内でテストマーケティング的に販売に取り組むことにしました。

―その後、新宿伊勢丹や新宿高野など、東京での販売が始まります。その過程で加藤さん自身が気づいたことがあったそうですね。
デパ地下でセールスしていると、新しいもの好きな方などが興味をもって買ってくださっていました。そんななか、「これはどうやって食べるの?」と尋ねられることが多くて。まだ日本の食文化にドライフルーツが入ってきてなかったんですよね。国産で無添加のドライフルーツの価値がわかってくださる方がわずかにいる一方で、そうではない方が多くいる。ドライフルーツはニッチな市場だとわかりました。

―そんなときJR長野駅での出店の話が持ち上がったとか。
長野駅への出店のお話をいただいたことをきっかけに自家用からお土産用にシフトしようと決めました。食文化に浸透していなかった当時の状況では、より広く認知されるのは難しいと考えたからです。長野は果物王国ですから地元の果物をアピールするストーリーも成り立ちます。長野らしいパッケージを展開しました。

長野県中野市にある、株式会社果実企画が手がけるドライフルーツ各種

―長野の温泉旅館のお着き菓子にもなったそうですね。
その頃、果物は食べるシーンを特定しないとなかなか売れないものだとわかってきたんです。そこでレーズン一粒をコーヒーカップの横に置いてもらえるようにしたいと考え、お土産以外の販路拡大を考え始めました。チェックインしたあとに旅館の客室に入ると置いてあるお菓子をお着き菓子といいますが、そこに採用してもらいました。ほかにも関東方面を中心にオフィスなどに置いてもらっています。

左はシャインマスカット、右は巨峰

―ドライフルーツの今後の展開をどう考えていらっしゃいますか。
まだ計画段階ですが価格を下げることを考えています。下げることでより多く消費していただく。消費拡大が日本の農業を守ることにつながればと考えています。まだ世の中にない製造機を考案中です。

これからも果物に全力をささげる

―ドライフルーツにしても、“ちょうど狩り”にしても、御社には新しい発想が生まれやすい雰囲気を感じます。事業計画はスローガンの「おひさま照らして果実をつくる」に基づいているそうですね。
「お」はオリジナル、「ひ」必要とされるか、「さ」採算性、「ま」は顧客満足度を意味しています。この4つがクリアでなければ実行に移しません。平田観光農園では5000万円の売上ができれば一部門となり、独立採算制で臨みます。

―今後のご予定をお教えください。
直近ではイチゴ狩りのヘタ入れとして考案した「Eピック」の販売をスタートしました。首にかけられて、従来のようにヘタ入れを手にもたなくてすむので、両手が自由に使えます。お客さまにイチゴを大事に扱っていただけるので、園主の方にも喜んでいただいています。全て紙でできており、プラスチック製品ではありません。全国のイチゴ・サクランボ観光農園に販売中です。

ヘタ入れ用に開発した「Eピック」。紙製で折り紙をするような楽しさも
内側には練乳を入れるスペースもできる

2023年からはイチゴを軸にした“ちょうど狩り”がスタートします。その名も「Very Berry ちょうど狩り」。チケットでイチゴ狩りだけでなく、イチゴスイーツが食べられたり、加工体験もできるのが特徴です。新しいイチゴ狩りを、多くの方に受け入れてもらえたら嬉しいですね

―最後に果物への想いや展望を聞かせてください。

当社は果物を作って売る仕事なので、面積で売り上げが決まるし、食べた分だけ商品が減ります。その考えから観賞目的の桜の園を造成するなど果物以外の事業も行ってきましたが、最近はやはり果物の路線から外れてはいけないと考えています。コロナ禍で打撃を受けた時間に、自分達を見つめてそう感じました。今言えるのはこれからもずっと果物づくりカンパニーでいくということ。僕らは全員果物バカで、これからも果物のコンテンツを探し続け、提案していきたいと思っています。社用車に「We are all fruitholics」というステッカーを貼っていますが、これは僕らは全員果物バカですという意味です(笑)。これからも果物をもっと身近に感じていただけるよう、世の中にない果物の楽しみ方を提案し続けていきます。