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田舎も農業も嫌いだった男性がきゅうり農家になった理由とは?

皆さんは農業というと、どんなイメージを持っていますか?
「田舎、大変、儲からない」などのネガティブなイメージを持つ人もいれば、「かっこいい、なくてはならない存在」などポジティブなイメージを持つ人もいますよね。

今回取材したのは三重県で農業を営むしなやんさん。”しなやん”さんは本名ではなく、活動名。そんなしなやんさんは実家が兼業農家で、小さい頃から田舎や農業が嫌いだったそう。

しかし、現在は農業に対する価値観が180度変わり、地元できゅうり農家として働いています。一体なぜ、嫌いだった農業を職にすることになったのか。現在の農業に対する思いについてお話を聞いてきました。

しなやん(阿部俊樹)|しなやかファーム
三重県四日市市出身。
しなやんと言う名前は、”しなやか”と”三重弁(○○やん)”を掛け合わせたもの。世界中から見られても自分をすぐに特定し、簡単に覚えてもらえるように名付けたそう。

農業も田舎も嫌いだった幼少期

「農業を始める前までは正直『農業なんて絶対にやりたくない』って思っていました。実家が兼業農家でお米を作っていたのですが、祖父も父親も全然楽しそうじゃなくて。毎年ゴールデンウィークになると、田植えの手伝いをやっていたんですけど、将来自分が跡を継がないといけないと考えると、嫌で嫌で逃げ出したかった。母親には『農業なんて儲からないから、やらなくても良い』と言われていて、そんな影響もあり農業も田舎自体も嫌いになっていきました。」

そんな思いを抱き幼少期を過ごしたしなやんさんは、高校卒業後、地元から逃げるように名古屋へ。女性向けエステサロンの経営に携わり、充実した日々を送っていました。しかし、ある出来事をきっかけに再び”食や農”について考えることになります。

前職で働かれている際のお写真

「働く中でどうすればもっとお客様が美しくなれるのか、何をもって”美しい”というのか。”美しい”の定義を考えるようになったんです。当時、プチ断食やファスティング、酵素ドリンクなどが流行っていて、サロンの同僚と一緒に挑戦したことがありました。すると、徐々に身体と心に変化があったんです。肌や髪に艶がでて、身体の中もすっきりして。自分が口にするものによって、身体的にも精神的にもこんなに変わるんだなということを実感した瞬間でした。」

思わぬところで再会した”農業”

この経験をもとに、しなやんさんは”美の定義”を次のように考えます。
「僕は『内面美容、外面美容、身面美容』が叶った人が美しいと思うんです。いくら外見を整えても、身体の中がボロボロでは美しくない。食べ物が外見だけではなく、心にも影響することを知り、何を食べるのかが一番重要であることに気がついたんです。」

その気付きをきっかけにしなやんさんは、今まで敬遠していた”農家や農業”について調べていきます。
「今まで自分が避けてきた農家って、実はめちゃくちゃ凄いんじゃないかと思ってネットで調べたんですけど、当時は農家のリアルな声を載せた情報が全くなくて。むしろ、『農家は儲からない、結婚できない、天候に左右されるからビジネスとしてはリスキーである、担い手不足』などというネガティブな情報しかでてきませんでした。」

しかし、その情報はどれも農家自身が発信したものではなく、第三者が発信したものばかりだった、としなやんさんは言います。

「今までスーパーで作物を購入する際に、どこの誰が作っているのかなど、考えたことがなくて。こんなに身近にあるのに、誰も何も思わないことに疑問を抱いたんです。」

その疑問を解消するために農業や食について深堀したしなやんさんは、調べる内に頭の中から農業が離れなくなっていきました。

「前職の仕事を一生涯やり続けたいと思うほど好きでしたが、自分が作った食べ物をきっかけに誰かが美しくなれる原点を作れるなら、農業もやってみたいと思うようになったんです。」

農業を始める上でのテーマ、「生産者と消費者の壁を壊す」

しなやんさんは悩んだ末、約5年間務めた前職を辞め、家族全員で地元に戻り農業を始めます。始める上でのテーマは「生産者と消費者の壁を壊す」。
しなやんさんはこのテーマを掲げた理由を次のように語ります。

「人は食べ物を食べないと生きていけない。実は人にとって食べ物の価値はとても高く、それを生産している農家は本来もっと特別な存在であるべきだと思うんです。しかし、例えばなんですが、街中でかっこいいスーツを着たサラリーマンと、土まみれになった農家を比べてみた時に農家の方が下に見られがちだと思うんですよね。その価値観を埋めるためには、農業の魅力や、当たり前のように年がら年中、作物が採れることはすごいこと、実はその裏にはものすごい努力があることなど、仕事としての素晴らしさを知ることで、農作物を見る価値観が変わるのではないかな、と思っています。消費者の方も、より人となりが分かる作物を食べる方が美味しいと思うんです。無機質な料理より、誰かが思いを込めて作った料理の方が美味しいと感じますよね。そんな変化を起こしたいと思い『生産者と消費者の壁を壊す』をテーマにしました。」

リアルを発信することで生まれる連鎖

「生産者と消費者の壁を壊す」というテーマを実現するために、しなやんさんは様々なことに挑戦しています。

「まずは消費者の方に自分の存在を知ってもらうために、ポッドキャストやSNSなどで情報発信を行っています。こういった活動は、農業を始めて間もない時から行っていました。始めたばかりの頃は失敗ばかりで…ですが発信することで、一つの作物ができるまでにどれだけ大変なのか伝われば良いな、と思っていました。実際に自分の発信を見ていた人が、
『スーパーできゅうりを見た時に、しなやんさんの顔が思い浮かんだよ』
『きゅうり以外の作物に対しても、農家さんが作っていて、色んな想いが込められてるのかな、と想像できるようになった』
とコメントいただいたことがあったんです。自分のことを知ってもらうことで、他の農家の作物を知るきっかけになることを実感しましたね。こんな連鎖を起こして、より生産者と消費者の距離を縮めたいと思っているんです。」

またしなやんさんは、SNSなどでは一方的な発信になってしまうことから、双方向でコミュニケーションを取るために、自身で主催するイベント「しなやかフェス」を開催。食と音楽を中心としたフェスで、その日の朝に収穫したきゅうりを、目の前で食べてもらい直接感想を聞くことを目的に就農後4年間、行ってきました。

「目の前で食べてもらって『美味しい』と感想いただけること以上の喜びはないですね。そしてイベントを通して、良い意味で農業に対して価値観が変わる人が多いと感じました。ただの素人から農業をスタートしましたが、自分が動けば大きな変化を起こすことが出来ることを実感しましたね。こうやって消費者の声を直接聞くことで、より美味しいきゅうりを作れるように努力できるし、改善点も見つかります。」

農家になった今、「心から楽しい」

そして、実際に農業を始めてからの心境の変化を、しなやんさんはこう語ります。
「食べ物は命に代わるものであり、みんなの毎日を支えている、なくてはならないもの。それを担っているということが、農家として誇りであり、やりがいです。小さい頃はあんなに嫌いだった農業も、自分でやってみると心から楽しいです。私は親の姿を見て農家にはなりたくないと思っていましたが、私の子供は農業についてとても肯定的です。自分の姿を見てそう思ってくれているのを感じて、実際にやっている人が何を言うかでイメージが変わるんだな、と実感しました。広い意味で自分のやりたいことをやって、想いを伝えていくことが大切だと感じています。」

前編ではしなやんさんのパーソナルな部分をご紹介しました。後編では、しなやんさんが栽培する希少な品種”ブルームきゅうり”についてお聞きしました。ぜひ後編もご覧ください。