見出し画像

パン屋から見た完全栄養食について思うこと


はじめに

某完全栄養食について2年ほど調べているのですが、思うところが多々あるので書いておきます。これはあくまで個人の意見・感想であり、特定の企業や製品を非難するものではありません。また、本稿執筆時点(2024年4月)の情報に基づき作成しておりますので、最新の情報はインターネット等でご確認ください。

最初のきっかけ「1日に必要な栄養素は誰もが同じなのか?」

そもそも私がこの情報を調べようと思ったきっかけは、1日に必要な栄養素は老弱男女問わず同じなのかという疑問である。部活をやっている男子高校生と、70歳の御老体が必要な栄養素の量は果たして同じなのかという素朴な疑問である。

ここが一番の核心であり、答えは誰もそんな事は言っていない。なのに巷の完全栄養食を名乗る食品群は、右並びに栄養素の基準値を示した上で「1食で1日に必要な栄養素の1/3がとれる」という文言を美しいグラフとともに表記している。

第2の疑問「表示されている基準値の根拠は?」

そうなると次の疑問が出てくる。1日に必要な栄養素がみな同じでないのに、なぜ基準値が示せるのか。それを解く鍵が完全栄養食メーカー各社のHP上に小さく書いてる「栄養素等表示基準値」や「日本人の食事摂取基準(2020年度版)」という単語である。

「栄養素等表示基準値」は「食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)により定められている、国民の健康の維持増進等を図るために示された性別及び年齢階級別の栄養成分の摂取量の基準(食事摂取基準)を性及び年齢階級(十八歳以上に限る。)ごとの人口により加重平均した値であって別表第十の上欄の区分に応じそれぞれ同表の下欄に掲げる値をいう。」と定義されている。

農林水産省・会合資料より

この両方の単語で出現する「食事摂取基準」とは、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準策定検討会」で示された基準を指している。検討会の資料は公開されているのでさっそく確認すると、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書の84ページ(2015年版は7ページ)に、性・年齢・運動強度別の必要エネルギー量が明記されている。ここで明白な通り「1日に必要な栄養素は性・年齢・生活習慣に応じて違う」のである。ちなみに体重は性・年齢別の標準モデルを想定しているそうだ。

第3の疑問「誰にとっての完全栄養なのか?」

とある製品のパッケージを確認すると「基準熱量2200kal」と書いてある。また別会社の製品のパッケージには、非常に小さな文字で「男性30~49歳、身体レベルⅡ」と書いてある。

2200kcalがどの層に当てはまるのかは、先ほどの食事摂取基準を見れば一目瞭然である。ちなみに「男性30~49歳、身体レベルⅡ」の必要エネルギー量は「女性75歳以上、身体活動レベルⅠ」の必要エネルギー量の1.9倍である。つまり、誰にとっての完全栄養なのかについて、製品によってそもそも違うのである。

第4の疑問「完全栄養食によって特定の栄養を体内に補給できるのか?」

タイトルだけ見ると、当然だ。と普通の人は思うだろう。残念ながら結論は否である。実は、消費者庁は「栄養成分の量及び熱量について、「〇〇含有」や「低〇〇」のような栄養強調表示をする場合は、栄養強調表示に関する規定を満たす必要がある」としており。さらに「栄養強調表示をする場合は、推定値による表示はできない(ガイドライン10ページ)」としている。

つまり「製品について○○の栄養素を摂取できますと表示したければ、ちゃんと科学的な設備で測定して値を出しなさい。」と言っているわけで、当然だ。と思うのが普通の感覚である。だが驚くことに、一部の製品についてはパッケージに「推計値」と堂々と書いているのである。この時点で栄養強調表示違反であり、栄養素を体内に補給できると表示してよい製品ではないのである。

栄養強調表示以外の逃げ道として、消費者庁による「栄養機能食品(特定の栄養成分の補給のために利用される食品で、栄養成分の機能を表示するもの)」という種類の食品がある。この栄養機能食品を名乗りたければ、次の11の要件を満たす必要がある。

< 栄養機能食品の表示事項 >
1.栄養機能食品である旨及び当該栄養成分の名称
2.栄養成分の機能
3.1日当たりの摂取目安量
4.摂取の方法
5.摂取をする上での注意事項
6.バランスのとれた食生活の普及啓発を図る文言
7.消費者庁長官の個別の審査を受けたものではない旨
8.1日当たりの摂取目安量に含まれる機能に関する表示を行っている栄養成分の量が栄養素等表示基準値に占める割合
9.栄養素等表示基準値の対象年齢及び基準熱量に関する文言
10.調理又は保存の方法に関し特に注意を必要とするものにあっては、当該注意事項
11.特定の対象者に対し注意を必要とするものにあっては、当該注意事項

公益財団法人 日本健康・栄養食品協会

この観点から各社の製品を観察すると、今のところ「7.消費者庁長官の個別の審査を受けたものではない旨を表記する」の表記がある製品は見当たらず、一部の製品については「9.栄養素等表示基準値の対象年齢及び基準熱量に関する文言」の表記がない。だが、どの製品も「栄養機能食品」を名乗っておらず、「栄養強調表示もなければ、栄養機能食品でもない、完全栄養を名乗る何か」が販売され続けていることについては不思議なポイントである。

栄養素を推計値じゃなくて検査すればいいと思うのが普通の発想だが、当然ながら食品は農産物を使用するので産地・季節・個体・部位によっても栄養素の含有量に差があるので、まともに検査しようとすると製品ロット毎に最終製品の全栄養素の検査が必要となってしまう。なので誰もやらないのである。

最後に

完全栄養食について調べてきたことをようやく吐き出せました。パン業界では特定保健用食品や機能性表示食品が登場された際に一時賑わった話題ですが、加工食品において機能を前面に押し出したところで健康オタク以外は手に取らず、美味しさが全てというそもそも論に落ち着いた。という経緯があります。個人的には栄養バランスも大事ですが、そもそも偏食は良くないのではないかと思っています。

この記事が参加している募集

仕事のコツ

with 日本経済新聞

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?