料理で登場人物の性格を表し、観る人々の心を癒す 飯島奈美【プロフェッショナルストーリーズ Vol.2】
映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画の第2弾!
第2回のゲストは、飯島奈美(いいじま・なみ)さん。
フードスタイリストとして、沖田修一監督や荻上直子監督、是枝裕和監督の作品に参加。映画『かもめ食堂』(06)や『南極料理人』(09)、『海街diary』(15)、ドラマ『深夜食堂』(09~)や『カルテット』(17)など、様々な作品に登場する料理を作っていらっしゃいます。
今回は飯島さんのこれまでの歩みをお聞きしつつ、普段なかなか聞けないフードスタイリストの舞台裏について教えていただきました。
(聞き手:SYO)
調理師の母にあこがれ、自らも料理の道へ
――まずフードスタイリストを目指されたきっかけを教えてください。
母が調理師で、保育園の給食を作っていました。その姿を間近で見ていたので昔から料理に興味があり、「料理の仕事に就きたい」と思うようになり、栄養士の学校に行くことにしました。
在学中に、料理雑誌でフードスタイリストという仕事があると知り、面白そう、やってみたいなと思いました。
――ざっくり言うと、フードスタイリストというのはどんなお仕事なのでしょう?
基本的には、撮影用の料理を作る事ですね。
私がやっている分野は、CMや映画が中心です。元々師事していた先生が、CMや映画のフードスタイリストでしたので、私もその分野に進みました。
ただ、フードスタイリストというのは色々な方がいらっしゃるので、例えば、通販番組やバラエティ番組などで登場する料理をその場で作ったりする方や、レストランの料理を考案したりする方もいらっしゃったり、多岐に渡っています。
全て現場で作る! フードスタイリストの仕事とは
――映画のフードスタイリストは、撮影にどのように関わっていらっしゃるのでしょうか。
基本的な仕事の流れとしては、まずお話をいただいてから台本を読み、打ち合わせして、現場に参加します。
台本によっては、「ここで肉じゃがが出てくる」といったように具体的に書いてあるものや、「思い出の料理を食べる」みたいなものもあって。監督や作品によっても全く違うので、その都度細かな動き方は変わります。
例えば食器についても、「この器と料理を一緒に出したい」と提案する場合もありますし、先に美術さんが器を用意してくださって、そこに合わせるパターンもあります。
ただ、どのパターンであっても、料理自体を「現場で作る」という点は同じです。
たまにクレジットとかで「監修」と表記されることもありますが、監修だと現場にいない感じがしませんか?食べる演技のシーンの際は、補充したり作り直したりすることもあるので、実際はカメラマンさんや照明さんと同じく現場で働いています。
――「現場で作る」というのは、フードトラックなどを使うのでしょうか。
主に撮影はスタジオで行います。キッチンなどはなく、流し台だけがあって、そこに会議用のテーブルいくつかと、カセットコンロ、冷蔵庫を用意してもらい、大体そこで料理を何でも作ります。
他に、ロケ場所が家だとすると、キッチンは映り込むことがあるので、撮影に使用しないお風呂場に机を設置して、そこに卓上コンロを置いて作ったりするんです。お風呂場などのスペースもない場合は、屋外とか路上に机を設置して作ります。
昔、雀荘のシーンでラーメンとチャーハンとクリームソーダを作らなければいけないときがあって、そのときは繁華街の路上で作りました。通りすがりの人たちに、「この人は道端で何をしているんだろう?」と不思議な顔で見られましたね(笑)。
――地方ロケの場合は、どういった準備をされるのでしょう?
まず、食材や調理器具を送れるだけ送っておいて、現地のお店で多少買い足します。
あと、事前に現場近くのスーパーで食材のチェックをしておきます。万が一撮影中に「足りない!」となった時にすぐに買いに行けるように。
――フードスタイリストならではですね!ちなみに映画のフードスタイリストって、どれくらいいらっしゃるのでしょう?
どれくらいでしょうね……4、5人でしょうか。
同じ現場にフードスタイリストが何人も入っていることはあまりないですから、ほとんどお会いしたことがないんですよね。
でも映画の場合、予算との兼ね合いで美術さんが兼任するケースも多いです。フードスタイリストを入れる時は、監督のこだわりで「入れたい」となった場合がほとんどですかね。
CMの場合は、ツヤとか、いかに美味しそうに見せられるかが厳しく求められるので、撮影よりも序盤の段階からフードスタイリストが関わることが多いのですが。
こだわり抜いた『おらおらでひとりいぐも』の目玉焼き
――『おらおらでひとりいぐも』だと、お弁当と食堂のシーンを担当されていますが、気を付けたポイントなどありますか?
お弁当は、蒼井優さんが演じる昔の桃子さんと、田中裕子さんが演じる今の桃子さんでメニューを変えています。
今の桃子さんだったら、1人暮らしだしそこまでは料理を頑張らないはず。
買った昆布の佃煮とか梅干しを入れつつ、鮭とウインナーを焼いて、目玉焼きをお弁当の上に乗せました。目玉焼きは、沖田監督からのリクエストですね。
朝ごはんのような、ちょっと手軽な感じを出しました。
昔の桃子さんが作るお弁当は、よく見ると手間がかかっています。旦那さんになる人のために張り切って作るお弁当だから、「いいお嫁さんになれる!」というアピールを感じられるように作りました。
きのこの炊き込みご飯や胡麻和えなど、全部作ると夕飯並みに手間がかかるメニューばかり詰め込んでいます。
また、食堂のシーンでは、お店の方にも協力していただきつつ、ハムカツ、レバニラ、サンマ山椒煮、肉豆腐など、定番物を中心につくり、昭和の食堂らしさを前面に出したラインナップにしました。
――今回の撮影で、大変なことや印象的なことはありましたか?
やはりお弁当作りですね。
特に目玉焼きは、お弁当の中に入っているので半熟ではなく完全に火が通っている方がいいと思い、弱火で10分ぐらいかけてじっくり作りました。黄身の寄せ具合とか形とか、簡単に見えるかもしれないですが、きれいな目玉焼きを作るのはすごく難しいんです。
ご飯もお弁当だから熱々だと変ですよね。だからといって冷えすぎていると食べづらい。そこで、美味しく炊いたご飯をお櫃にいれて、布で巻いて現場に持ち込みました。
そして食べるシーンの撮影中は田中さんの演技を見ながら、いつ足すべきかを見極めていました。補充をしているときは撮影を中断することにもなってしまうので、集中している現場の流れを止めないよう、最小限の動きで料理を足して、臨機応変に対応していました。
――貴重なお話の数々、ありがとうございます。最後に、フードスタイリストというお仕事の大変さや、やりがいについて教えてください。
自分でも食べたことも作ったこともないような料理に取り組まないといけないときもあるので、それは大変ですね。事前に勉強したり練習したりすることもあります。大変ではあるけど楽しい経験です。
そして、作品を観てくれた方が「家族と食卓を囲みたくなりました」とか「料理を作りたくなりました」と言ってくださるときが、やってて良かったなぁと思える瞬間ですね。
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映画において、非常に重要なポイントである「料理」。登場人物の性格を表し、観る人々の心を癒し、おなかも満たし……。そこには、飯島さんの温かな思いと、プロとしての確固たるこだわり、そしてひたむきな努力がありました。
『おらおらでひとりいぐも』をご覧になる際には、ぜひ“料理”にも注目してみてください!
フードスタイリスト:飯島奈美
東京都出身。CMなど広告を中心に活動し、『かもめ食堂』(06/荻上直子監督)への参加をきっかけに映画のフードスタイリングを手がけるようになる。主な作品に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07/松岡錠司監督)、『南極料理人』(09/沖田修一監督)、ドラマ「深夜食堂」シリーズ(09~/TBS)、『舟を編む』(13/石井裕也監督)、『海街diary』(15/是枝裕和監督)、『彼らが本気で編むときは、』(17/荻上直子監督)、『真実』(19/是枝裕和監督)など。
映画『おらおらでひとりいぐも』11月6日(金)公開