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ゲノムの進化を探る科学者が、涙を流した映画とは?-国立遺伝研究所・黒川顕 【プロフェッショナルストーリーズ Vol.8】

映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画が展開中。

第8回のゲストは、黒川顕教授。国立遺伝学研究所にて、「ゲノムの進化」、すなわち、バクテリアからヒトに至るまで地球上すべての生命の設計図となるゲノムを研究するエキスパートです。『おらおらでひとりいぐも』は劇中で“ある映像”(※記事最後でご紹介)が流れるのですが、その映像を提供した人物でもあります。

今回は、ご自身の研究領域や、バクテリアが持つ無限の可能性、さらに科学者目線で見る『おらおらでひとりいぐも』の魅力について、じっくりと語っていただきました。

(聞き手:SYO)

回りまわって、苦手だった「生物学」の道へ

――黒川教授は、幼いころから科学がお好きだったのでしょうか?

小さいころは宇宙少年でしたね。1968年生まれなのですが、ちょうどアポロ計画が話題になっていたり、「マジンガーZ」やその少し後に「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」がテレビで放送されたり、科学や宇宙に興味を持つきっかけがたくさんあったんです。

――どういう経緯で生物学に興味を持たれたのでしょう?

じつは最初からこの分野を目指していたわけではなく、もともとは地震や火山の研究者だったんです。

宇宙好きが転じて「地球上に存在する様々な形の火山は、どう生まれたのか?」などを、コンピュータを使ってシミュレーションしたり、火山マップを作ったり、地震の仕組みについて研究したりしていたんですが、そんな中なぜだか地球全体のことをもっと知りたくなってきたんです。

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ただ、そうするとどうしても生物のことを学ばないといけなくなってくる。ですが僕、生物が一番嫌いでして。(笑)

理科の授業で習う「メンデルの法則」(※19世紀発祥の、遺伝学の基礎となる法則)ってありますよね? あれが理解できなかったんです。僕がひねくれていると思うんですが、「エンドウ豆のしわが…」とか「割合がこうでこうなる」とか言われても、感覚としてうまくつかめなかった。

だから「これはたまったもんじゃないな」と思っていたんですが、そんなときにふと「バクテリアなら単純そうだし、動きも規則的だろうから、コンピュータで「任意の点P」みたいな感じで把握できるんじゃないか」と閃きまして。それだったら自分の強みを生かせると感じ、バクテリアの研究室に移ったんです。

ところが、バクテリアについて教えてもらおうと思っても、20年前当時は、わかってることが少なかったんですよね。「地球上にいるバクテリアにはどれだけの種類があって、どれぐらいの数がどこにいて、何をしているか」と聞いても、誰もが「わからない」って言うんですよ。

そこで「じゃあ、そもそもバクテリアの研究から始めないといけないんだ」と知り、生命科学や遺伝について、勉強していくようになりましたね。

――今はバクテリアを研究していらっしゃるということですよね?

そうです。例えばバクテリアといえばメジャーなのは「腸内菌」かと思いますが、日本人のお腹の中にどんなバクテリアがどれくらいいるのかが俯瞰できたのは2007年で、その論文を出したのは実は我々なんです。

生命の設計図である「ゲノム」を解析できる技術が急速に発展してきたので、それをバクテリア群集に応用し、群集を構成しているバクテリアの設計図を全部読み解き、バクテリア群集全体の環境中での動態を明らかにしようとしています。

バクテリアを解析すると、生命の起源がわかる?

――黒川教授のご専門の一つである「メタゲノム解析」ですね。もう少しかみ砕いて教えて頂いてもよろしいでしょうか。

バクテリアって、いない環境を探すほうが難しいほど、地球上どこにでもいるんですよ。ジェット気流の中にも、海溝にもいますしね。それくらい地球上で繁栄している存在で、それぞれが環境に密接に関わっている。すなわち、バクテリアを知ることができれば、周辺環境がわかる。

たとえば人のお腹の中にいるバクテリアも、肉を多く食べる人と野菜を多く食べる人だと種類や組合せが違いますし、部屋に浮遊しているバクテリアを調べれば、極端な話、その部屋が「赤ちゃんと女性が居て、部屋の周辺はこんな環境だ」というところまで推察できるんです。環境中のバクテリアとその環境の特徴を徹底的に調べて、それら情報を蓄積していけば、「データサイエンス」として様々な分野で活用することが可能です。

そうなると、バクテリアからその人の健康状態を見て医療にも活かせるし、「人が落ち着ける部屋・空間作り」などにも活かせる。実際に企業とも一緒に研究していて、近日中に、皆さんにも新しい世界を垣間見て頂けると思います。

また、「人類の根源的な謎」ともいえる「地球と生命の起源」を考えるための研究グループを2014年に立ち上げ、メタゲノム解析でこの巨大な謎解きに挑んでいます。

――メタゲノム解析は、生命の起源の研究にも応用できるんですね。

はい。よくニュースなどで、「惑星に水の痕跡があった」の後に「生命がいるかも!」という流れになりますが、よくよく考えると変で、水があるだけでは生命は誕生しませんよね。

となると、じゃあどうしたら生命は誕生するんだろう?という話になるわけです。そういうことを、40人近く研究者を集めて研究してきました。

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我々の研究グループでは、シアン化水素と塩化ナトリウムの混合液をコバルト60の近くに置いておくだけで、高エネルギー電離放射線により化学反応が一気に進んで、初期生命の遺伝物質と考えられるRNAが合成できるということを突き止めました。初期地球にあった大陸上の自然原子炉のように、電離放射線エネルギーが満ちた場所で化学反応が進むと、生命の基本構造(ビルディングブロック)を造り出すことができる、というのを、我々は世界で初めて実証できたんです。

ちなみに、映画『おらおらでひとりいぐも』に採用いただいた映像は、その研究グループの成果をまとめたものです。

もちろん僕たちも研究者として論文を書くのですが、やっぱり関係者くらいしか読まないですよね。より広く研究内容を知っていただくために作った映像だったので、こうやって映画の力を借りて多くの方に観ていただけるのは非常にうれしいです。

科学者が観ても泣いてしまったシーンとは?

――黒川教授は、『おらおらでひとりいぐも』をご覧になっていかがでしたか?

ひとつ、非常に感動したシーンがありました。
主人公の桃子(田中裕子)さんが「私はちゃんと生きられましたか?」と言う場面なんですが、その際に「つないで、つないで」というセリフが出てくる。この「つなぐ」というのは、僕たち研究者が強く意識している部分です。

あまり知られていないかもしれませんが、バクテリアからヒトに至るまで、共通して保存されている遺伝子があるんです。つまり我々一人一人がいまここにいるということは、40億年かけてずっと途切れず、化学反応が続いた証なんです。生きていることは、つないできたということだから、そのシーンを観たときに、大げさでなく涙してしまいました。

生命の起源から、途方もなく長い年月をかけていま、我々はここに存在する。そのことを公言してくださる映画に出会えた気分です。

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――専門家の方から観ても、響く作品になっているんですね。

パッと観ると、「夫に先立たれた女性が気持ちの整理をして、独りで生きていく決意をする」というお話かと思うんですが、僕の考えとしては、その根源には「生物はどこから来て、どこへ行くのか」があると思うんです。

桃子さんが図書館で過去の生物を調べて、スケッチするシーンがありましたが、彼女は大人になるまでずっとそのことを考えていて、夫が亡くなってしまったことで“自分ごと”として向き合わなければならなくなった。そう考えると、実に哲学的な作品でもありますよね。

人間誰しもが抱えている「孤独」という不安を共有し、みんなで考える。そして次世代につないでいく。同時に、「人間はみな過去からつながってきていて、誰一人としてそこから外れた者はいない」ということを改めて、思い起こさせてくれる。そういった視座を与えてくれる、とても良い映画でした。

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「生命の起源を探る」と聞くと壮大なお話で途方に暮れてしまいますが、ほぼ全く生物学の知識がない筆者にも、非常にわかりやすい言葉で説明してくださった黒川教授。目をキラキラと輝かせながら、語っている姿が印象的でした。

黒川教授のお話を踏まえて映画を観ると、より深く、作品のメッセージが捉えられるかと思います。以下プロフィールからも伺える素敵な人柄がにじみでるインタビューとなりました!

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黒川顕(くろかわ・けん)
国立遺伝学研究所 副所長・教授、先端ゲノミクス推進センター センター長。2014年文科省科研費新学術領域研究「冥王代生命学の創成」領域代表者。

音楽が好きで、小学校から高校まではドラム、大学からはサックスでジャズを演奏しています。最近は休日に時間をみつけてパン造りに没頭しています。微生物である酵母の発酵を制御して、科学的なパン造りができるよう実験を繰り返しています。ひたすら生地を捏ねていると、いろいろな研究のアイディアが湧出し妄想の宇宙を彷徨う事ができます。

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『おらおらでひとりいぐも』本編にも登場する映像はこちら👇

「冥王代生命学の創成」Youtubeチャンネル
「全地球史アトラス 1.地球誕生」

映画『おらおらでひとりいぐも』11月6日(金)公開


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