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誰もが持つ心の原風景とは? 民俗学者・畑中章宏に聞く、映画の見方【プロフェッショナルストーリーズ Vol.3】

映画『おらおらでひとりいぐも』を題材に、それぞれのプロフェッショナルたちを深堀する連載企画を展開中!

第3回のゲストは、畑中章宏(はたなか・あきひろ)さん。

編集者として働く傍ら独学で民俗学を学び、現在では気鋭の民俗学者として多方面で活躍される畑中さん。震災と妖怪の関係性を解説した著書や、『君の名は。』(16)や『天気の子』(19)、『この世界の片隅に』(16)の考察等、民俗学のイメージを超えた活動を行われています。

今回は、民俗学とは何?という初歩的なお話から、民俗学的な視点で見る『おらおらでひとりいぐも』について、語っていただきました。

(聞き手:SYO)

民俗学とは、過去と現在を照らし合わせていくもの

――畑中さんは民俗学の研究をされる前、もともとは編集者のお仕事をされていたんですよね?

2000年まで出版社で編集の仕事を行っていて、それ以降もフリーランスで編集の仕事を続けていました。転機になったのは、2011年の東日本大震災ですね。それ以前にも独学で民俗学を学んではいたのですが、3.11以降、より活動が広がっていきました。

東日本大震災で被害を受けた三陸地帯は、津波の常襲地といいますか、何十年かごとに地震や津波が発生する場所。そこに住む人たちはなぜ高台に移住しなかったのかなど、災害と人間の関係を考えることは、民俗学の一つの大きなテーマなんです。また、亡くなった多くの方をどう弔うか、遺された方がどう生きていくかも、民俗学の課題といえます。

広くとらえると、人間の衣食住における住まいの問題や労働問題、もう一つ踏み込むと魂の問題みたいなものは、民俗学の領域です。
震災をきっかけに、その向き合いを考えたいと思ったことが、現在の活動の基盤ですね。

――インターネットやSNSと民俗学を結び付けた記事も拝読したのですが、そういった活動はこの分野においては結構珍しい試みなのでしょうか?

民俗学の大きな目的というのは、いま現在起こっている社会現象が全く新しい事象なのか、それとも過去にも例があるのか、そこからもたらされるものは何なのか――過去の日本人とも結びつけて、「心のありよう」を検証していくものなんです。

いま「新しい!」とみんなが飛びついて流行しているものでも、発想や技術自体は蓄積されてきたものだったり、日本人特有の積み上げられてきたものだったりするわけです。
例えば、新型コロナウイルスが蔓延して、アマビエがブームになりましたよね。江戸時代に現れて災害を予言したという“霊獣”ですが、それが現代でも再び脚光を浴びたことなどは、わかりやすい例じゃないかと思います。

ワクチンもない、どうしたらいいかわからないという中で、妖怪的なものをある種”奉る”ということ自体は、日本人の歴史を見てもままあることなんですよね。

――映画関連のお仕事では、『君の名は。』や『この世界の片隅に』といった映画作品を民俗学的な視点で見た解説記事も、面白かったです。

新海誠監督の作品にしても、あるいはジブリ作品にしても、神様や精霊、あるいは儀式といった民俗学的な要素が含まれていますよね。『シン・ゴジラ』にせよ、巨大な妖怪とみることができますし、そういった作品が爆発的にヒットするのは興味深いですよね。

怪異や信仰、日常に対する異界――それらもまた、民俗学の領域になりますね。

小道具ひとつにも、当時の世相が反映されている

――民俗学者的な視点で見た『おらおらでひとりいぐも』について教えていただきたいのですが、どういった部分に興味をお持ちになりましたか?

故郷が大きなテーマになっているお話ですが、当時の時代性が非常にうまく描き出されていると思いました。1964年の東京オリンピックが大きなポイントになっていて、開発や発展によって、豊かになっていく一方、個人の感覚は別にある。東京オリンピック以前と以後の違いが、巧妙にとらえられていると感じました。

若き日の桃子さんは、東京オリンピックをきっかけにして東京に出てきますが、実際、このイベントは地方と都市の差が広がる分岐点でもあったといえます。東京に出てきた桃子さんが、同じ方言を話す男性、心の中にある原風景を共有している人と結ばれるのも面白い。

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そしてふたりが家を構えるのが、郊外のおそらく「ニュータウン」と呼ばれるエリア。高度経済成長期に、農村部や地方から都心にやってきた方々が、都市部からやや離れた場所に一戸建てを建てて暮らす、というのはある種典型的な日本人のモデルでもあります。

だから、自分自身がそうでなくても、「知り合いの方が近い暮らしをしているな」など、どこか身近に感じられるんですね。普段は気に留めていなくても、主人公と同じような境遇の人は、観客の皆さんの視界の中に日常的に映っているはずです。

――畑中さんの目から見ても、非常に理にかなった設定なんですね。

1960年における人口の分布は、都市部が43.7%と、農村より若干少なかったようなんです。それが、大阪万博が開催された1970年になると、都市部の人口が50%を超えている。そういった時代背景が、ちゃんと反映されているんです。

また、周造はカメラを趣味にしていますよね。日本にカメラが普及したのが、1960年代なんです。核家族化していくことで、自分の家族の記録を残す動きが加速したんですね。
1964年に東海道新幹線が開通し、1970年に大阪万博が開催されたことで、「移動してイベントに行く」動きも増えました。その中で、個々人が思い出として写真を撮る行動が習慣化されていったんです。

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――アイテム一つとっても、当時の世相がわかるということですね。

僕は1962年生まれですが、自分の父親も趣味とかじゃなくてもカメラを持っていて、みんなで旅行に行くと必ず撮っていましたね。
そういった意味で、『おらおらでひとりいぐも』は1964年の東京オリンピックから高度経済成長期を経て、日本の家族がどう変化していったか、が普遍的な形で描かれていると思います。

現代の桃子さんも、寂しそうに見えるけど自立しているひとり暮らしの女性として描かれていますが、心の中に故郷を思い浮かべるなど、東京に居ながらにして故郷とどこかつながっている。これは、コロナ禍での我々の心のありようとも通じますよね。おいそれとは動けないけど、その中で故郷を思うというか。そのような描写にも、現代性を感じましたね。

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「民俗学」と聞くと、ちょっと身構えてしまいますが、畑中さんの滑らかなトークに聞き入っているうち、あっという間に時間が過ぎていきました。

私たちがいま当たり前のように感じている“感覚”も、脈々と受け継がれた歴史によって生まれてきたもの。そう考えると、民俗学は、私たちの生活に密接に結びついた学問といえるのかもしれません。

畑中さんが教えてくださった視点にも注目しつつ、映画をお楽しみください!


民俗学者:畑中章宏
民俗学者・作家。著書に『災害と妖怪』『天災と日本人』『柳田国男と今和次郎』『蚕』『21世紀の民俗学』『死者の民主主義』『関西弁で読む遠野物語』他多数。最新刊は『五輪と万博』。

映画『おらおらでひとりいぐも』11月6日(金)公開



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