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五輪に心から熱狂できなかった僕が地元で見つけた、スポーツの原風景

8月10日。第103回全国高校野球選手権大会が、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開幕した。昨年は新型コロナウイルス感染拡大で中止になったため、2年ぶりの開催となった。

僕の住む埼玉県からは、浦和学院高校が代表として出場する。初戦の相手は、山形県代表の日大山形高校だ。

浦和学院は埼玉県大会を、盤石の試合運びで勝ち上がってきた。決勝はサッカーやラグビーの強豪校としても有名な、杉戸町の昌平高校に10対4。準決勝は西武や横浜で活躍し、タフィー・ローズキラーとしても名を馳せた土肥義弘さんを筆頭に、多くのプロ野球選手を輩出している春日部共栄高校に6対1。苦戦したのは、立教新座高校に2対0で勝利した準々決勝くらいであった。

僕はその準々決勝を観戦していた。何を隠そう、立教新座は僕の母校。付属高から大学までを立教で過ごした、生粋の立教ボーイなのだ。

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いざ、県営へ

「高校野球、観に行こうぜ」

久々に、高校時代からの友人から連絡が来た。高校時代はよく一緒に野球を観に行っていた友人。当然大学も同じではあったのだが、学部が違かったことなどもあり、すっかり疎遠になっていた。

立教新座が順調に勝ち進んでいたのは、高校時代の友人のSNS発信やテレビ埼玉の「高校野球ダイジェスト」を通じて知っていた。日本ハムで活躍した金子誠さんの息子が2年生ながら4番を務めていることも話題になっていた。その日はこれといった予定もなかったので、僕はその誘いを快諾した。

準々決勝が行われたのは7月24日。東京オリンピックの開会式に合わせて7月23日に変更された、体育の日改め「スポーツの日」の翌日であった。

前日は夜遅くまで開会式が行われ、当日は朝から様々な競技がテレビで中継されていた。外は猛暑を通り越して酷暑。さいたま市はクーラーとカーテンとタオルが日本一売れる街。県北の熊谷市は最高気温の日本記録で有名。とにかく、埼玉は暑いのだ。

加えて試合開始は朝9時。みんな前の晩は開会式を見ていて寝不足だろう。クーラーの効いた涼しい家でテレビをつければ、オリンピックもやっている。こんな朝早くから野球場に向かうモノ好きがどれほどいるのだろうか。そんなことを考えながら、僕は家を出た。

試合会場は県営大宮球場。大宮アルディージャのホーム、NACK5スタジアム大宮に隣接する野球場である。埼玉西武ライオンズの主催試合も年に数試合組まれており、西武や阪神などで活躍したクレイグ・ブラゼルが場外ホームランをNACK5スタジアムに叩き込んだのは、今でも語り草になっている。

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みんな、スポーツが大好きなんだ

眠い目をこすりながら、最寄りの指扇駅で川越線に乗り込む。五輪の影響だろうか。休日だからだろうか。車内はガラガラだ。大宮駅に着き、地下の埼京線ホームから地上へと出る。県東部に住む友人は東武野田線改めアーバンパークライン(いまだに慣れない)の大宮公園駅から来ると言うので、球場までの道中は1人。球場のある東口に向かって、コンコースを歩く。すると、高校野球を観に行くとおぼしき会話をしているグループが徐々に増えてきた。駅を出て、すずらん通り、旧中山道、一の宮通り、氷川参道と歩みを進めるにつれて、どんどんその数は増えていく。

すごかった。入場制限をしているとはいえ、県営大宮球場は満員札止め。前売り券4500枚は見事に完売していた。こんなに多くの人が、オリンピックを見ずに、地元の高校球児の姿を観に来ているのか。球場内に入って、客席を思わず見渡した。

僕はスポーツが大好きな人間だ。野球やサッカーを観るために年がら年中日本中を駆け回っているし、2週に1回くらい地元のコートでテニスを楽しんでいる。最近はゴルフも始めた。僕ほどスポーツが好きな人間もなかなかいないだろう。そんな僕なのに、どうしてもオリンピックの盛り上がりには、心から乗っかることができていなかった。

新型コロナウイルスの感染が拡大している中での開催であること、デルタ株への置き換わり、政府が胸を張る水際対策のザルさ加減、そして極めつけは小山田圭吾氏、小林賢太郎氏を巡る開会式のバタバタぶり。あまりのだらしなさにひどく幻滅していた。

それでもテレビをつけると、この前までオリンピックに否定的なことを言っていたはずのコメンテーターやタレントまでが、嬉々としてオリンピックの話をしている。世間がオリンピックを楽しんでいる中で、波に乗れない僕は変わり者なのだろうか。そんなモヤモヤが、球場の客席を見て一気に吹き飛んだ。

みんな野球が大好きなのだ。地元の高校球児が地元で試合をするのだから、それを当然のように観戦する。オリンピックがどうだとか、そんなことは関係ないのだ。

野球を守る野球ファンの姿

プレイボール。両投手とも安定し、サクサク進んでいく。観客のマナーも素晴らしい。観戦マナーをしっかり守って、拍手で後押ししたり、無言でグッズをかざしたりしている。皆、地域を、母校を、球場を守りたいのだ。絶対に野球を悪者にはしない、という気概を感じた。

結局立教新座は、4回裏に浴びた2ランホームランによる失点で敗れた。名門浦和学院をわずか3安打に抑え、最終回には一打逆転のチャンスも作った母校。スタンドからは惜しみない拍手を受けていた。野球が本当に好きな人、地域を本当に愛する人と過ごした2時間。僕が愛する「スポーツ」は、テレビの中ではなく、地元の野球場にあった。

なぜ高校野球はこれほどまでに愛されるのか

なぜ高校野球がこれほどまでに愛されるのか、それは地域や風土に根ざしているからに他ならない。僕は学生時代、地域活性化に関わることに携わっていた。それについては、先日執筆したこちらの記事をご覧いただきたい。

https://note.com/orangenavy/n/n73a5ed32b87f

その中で全国各地を回り、様々な立場の人と接する機会を得た。その経験の中で、僕が実際に見聞きしたエピソードをいくつか紹介しよう。

和歌山県日高郡日高川町。日高川のせせらぎが聞こえるのどかな町に、町内放送が響き渡る。その内容は、町内にある県立日高高校中津分校の練習試合の告知だ。

中津分校は生徒のほとんどが野球部員で、設置されている運動部は野球部のみ。分校として初のセンバツ出場を果たし、分校出身者初のプロ野球選手、垣内哲也さんを輩出している。

町民にとって、中津分校野球部は生きる希望だとのこと。寝たきりになってしまった元町長も、練習試合告知の町内放送を聞いて、元気をもらっていたそうだ。

ところ変わって、北海道網走郡大空町。女満別空港を有するこの町には、21世紀枠でセンバツに出場したことのある、女満別高校がある。女満別で話したおばあさん。自宅の前を雪かきしていたらホワイトアウトが起こり、遭難しかけていたところを、女満別の野球部員に助けられたという。それ以来、女満別高校野球部の熱烈なファンだそうだ。

他にも、徳島県三好市池田町に行けば、誰もが蔦文也監督のことを身内のように話し始めるし、和歌山県有田市箕島町に行けば、石川県の星稜高校との死闘を昨日のことのように話してくれる。

夏が来るたびに、49地区から地域の代表が甲子園に集う。その様はまるで、神無月に出雲大社に集う八百万の神々のようだ。世間はちょうどお盆の時期。家族や親戚で集まって甲子園の中継を見るのが、我が家でも定番の過ごし方だった。日本中のお茶の間が、老若男女集まっておらが県の代表を応援する。いわば地域の代理戦争。これって何かに似ている気がする。

高校野球とJリーグは似ている

そう、我々のこよなく愛するJリーグだ。

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